研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ブータン王国の歴史的建造物保存活用に関する拠点交流事業II

現地における関係者との活用方法の検討
今回調査の対象とした集落の一つ(プナカ県ユワカ村)

 東京文化財研究所では、平成24(2012)年よりブータン内務文化省文化局遺産保存課(DCHS)と共同で版築造建造物を対象とする建築学的な調査研究を行っています。本年度より文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、同国の歴史的建造物の保存活用のための技術支援および人材育成を目的とした事業の一環として、令和元(2019)年8月20日から28日まで、当研究所職員および外部専門家計11名を現地に派遣しました。
 DCHSの職員と共同で行った調査では、ティンプー県、プナカ県およびハー県の歴史的民家建築を対象として、その保存修理の方法、持続可能な活用および文化遺産としての価値評価の三つの観点から検討を行いました。保存修理の方法および活用については、これまでに把握した民家建築の編年指標に基づいて選定した3棟の保存候補民家を対象として、版築壁の耐震補強や木部の補修の方法を検討するとともに、所有者の意向を取り込みつつ、文化遺産としての価値の担保を前提とした活用の方法を検討し、DCHS職員、現地の建築設計者、所有者などを巻き込んで議論を行いました。民家の文化遺産としての価値評価については、それぞれの保存候補民家が所在する集落を中心に悉皆的な調査を行い、民家の分類の方法および文化財指定のための基準を検討しました。
 また、ブータン内務文化省文化局にて今回の交流事業に関する覚書(MOU)を締結するとともに、DCHSとの協議を行い、今回の調査の結果やブータン側の展望や課題などについて意見交換を行いました。
 今後も現地で調査やワークショップを行い、ブータンの実情に即した歴史的建造物の保存活用の方法について現地の関係者とともに検討を重ねていく予定です。

第43回世界遺産委員会への参加

「百舌鳥・古市古墳群」に関する審議の様子
会場外観

 令和元(2019)年6月30日~7月10日にかけて、アゼルバイジャンの首都バクーにおいて、第43回世界遺産委員会が開催されました。
 今回の世界遺産委員会では、日本の「百舌鳥・古市古墳群」を含む、29件の資産が新たに世界遺産一覧表に記載されました。これは1回の世界遺産委員会で審議できる資産の数に上限が設けられて以来、最も多い件数になります。一見、望ましい状況のようにも思えますが、記載された資産のうち7件は、記載に至らないとする諮問機関の勧告を覆し、委員会の場で記載が決議されています。ここ数年、諮問機関の勧告から逸脱した決議が下されることにより、資産の価値や登録範囲が不明瞭なまま、世界遺産一覧表に記載されることが問題視されていますが、今年も状況が改善することはありませんでした。
 こうした状況を憂慮し、昨年の委員会では、特別なワーキング・グループを設立し、推薦や評価のプロセスを見直すことが決議されました。今年の委員会では、その議論の内容が紹介され、推薦プロセスを二段階制にし、現在の推薦プロセスの前段階として「事前評価」のプロセスを導入する方向性が認められました。この事前評価により、早い段階で諮問機関と締約国との間の対話が促され、推薦書の質が向上することが期待されています。現在のところ、事前評価を全ての締約国に必須のプロセスと位置付けつつ、その評価の如何によらず締約国にその後の推薦プロセスを継続するか否かの決定権を付与することが検討されていますが、その開始時期を含め、議論は始まったばかりです。東京文化財研究所では、今後も広く世界遺産全般に関する議論を注視し、こうした世界遺産条約の履行に関する多様な情報を収集・発信していきたいと考えています。

第42回世界遺産委員会への参加

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に関する審議の様子
バーレーンの世界遺産「カルアト・アル-バフレーン-古代の港とディルムンの首都」

 平成30(2018)年6月24日~7月4日にかけて、バーレーンの首都マナーマで、第42回世界遺産委員会が開催されました。本研究所の職員も参加し、世界遺産条約をめぐる様々な議論についての情報を収集しました。
 世界遺産一覧表への記載に関する審議では、昨年に引き続き、諮問機関の勧告を覆して委員会で記載が決議される事例が目立ち、世界遺産一覧表に記載された19件の資産のうち、7件は諮問機関が登録には至らないと判断したものでした。特に、今年は諮問機関が不記載を勧告したにもかかわらず、世界遺産委員会で記載が決議された資産もあり、オブザーバーとして参加した複数の締約国が、委員会の姿勢を専門性軽視であると非難しました。
 諮問機関の勧告を覆すことの問題はそれだけではありません。推薦資産の守るべき価値や適切な登録範囲の設定を妨げ、記載後の資産の保全管理に支障をきたしかねず、強引な記載の代償を払うのは締約国自身です。こうした事態をうけ、諮問機関や世界遺産センターは、推薦の評価の過程での締約国との対話を通じ、相互理解と推薦内容の改善に向けた努力をしてきました。しかし現在までのところ、成果が十分に出ているとは言えないようです。
 そうした中で、日本が推薦した「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、諮問機関が登録を勧告し、委員会でも満場一致で記載を決議しました。同資産は平成27(2015)年に一度推薦書が提出されたものの、諮問機関からの指摘を踏まえて推薦を取り下げ、2年かけて推薦書を練り直しました。多大な労力を要するにもかかわらず、再推薦の道を選び、記載を実現したことで、日本の世界遺産条約の履行への真摯な取り組みが高く評価されています。

世界遺産研究協議会「世界遺産推薦書の評価のプロセスと諮問機関の役割」の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年1月18日に、東京文化財研究所のセミナー室において、世界遺産研究協議会「世界遺産推薦書の評価のプロセスと諮問機関の役割」を開催しました。
 本研究協議会は、世界遺産関連の業務に携わる自治体関係者を対象に、世界遺産の制度と最新の動向に関する情報とともに、意見交換の場を提供することを目的としたもので、今回初めて開催しました。今年度は、諮問機関による推薦書の評価のプロセスに焦点を当て、特にICOMOSの活動の実態を様々な視点からご報告いただきました。
 まず、当研究所の境野より2017年7月にポーランドのクラクフで開催された第41回世界遺産委員会に関する報告を行った後、同じく二神より本研究協議会の趣旨説明と併せ、世界遺産の評価のプロセスと、現状の問題点について報告を行いました。また、今年度の世界遺産委員会で審議された「「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」の推薦書作成作業の中核を担い、諮問機関の評価に臨んだ福岡県の岡寺未幾技術主査より、同資産の世界遺産登録までの道のりについてご報告いただきました。また、2006年に諮問機関の専門家の一人として現地調査を担当した筑波大学の黒田乃生教授より専門家の目から見た現地調査の実態を、さらに2017年12月にICOMOSの会長に就任された九州大学の河野俊行教授より組織としての諮問機関の役割をご報告いただきました。
 本研究協議会には、29の都道府県及び市町村の世界遺産業務の担当者の他、内閣官房、文化庁、文化審議会世界文化遺産部会等の関係者合わせて74名の皆様にご参加いただきました。
 今後もこうした研究協議会の開催を通じて、世界遺産についての調査成果を発信するとともに、関係者の情報共有の場を提供したいと考えています。

第30回ICCROM総会

会場概観
審議の様子

 平成29(2017)年11月29日から12月1日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第30回総会に、当研究所の職員が参加しました。ICCROMは、昭和31(1956)年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、昭和34(1959)年以降ローマに本部を置いている政府間組織で、動産、不動産を問わず、広く文化遺産を対象としているのが特徴です。世界遺産委員会の諮問機関としても知られていますが、当研究所とは特に紙や漆を用いた文化財の保存修復研修を通じて長年の協力関係にあります。
 ICCROMの総会は2年に1度開催されています。今回の総会では、理事会から推薦された所長候補ウェバー・ンドロ博士が、総会で信任され、平成31(2019)年1月1日から新しい所長を務めることが決まりました。ンドロ博士がアフリカ出身の初めての所長ということもあり、今後6年間の任期中に、ICCROMのアフリカにおける事業が活性化することが期待されています。
 また、例年通り、約半数の理事の任期が満了するのに伴い選挙が行われました。選挙の結果、ベルギー、エジプト、スーダン、スイス、ドイツの理事が再任され、中国、ドミニカ、レバノン、ポーランド、スワジランド、アメリカ、ポルトガル、ロシアからは新たな理事が選出されました。
 その他、テーマ別討論では、「Post-conflict reconstruction – Recovery and Community Involvement」というテーマの下、様々な事例が紹介されました。日本からは九州大学の河野俊行教授より、第二次大戦後日本で行われた建造物の再建について報告されました。
 当研究所では、今後も文化財保護に関する国際的動向について情報を収集するとともに、日本の活動について広く発信していきたいと考えています。

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