通商産業省に産業意匠課を新設
1957年10月通産省ではデザインの改善と奨励のため、通産局に産業意匠課を新設することに一四日の省議で内定した。これは優良意匠の試験研究、奨励、デザイナーの養成を行い、意匠盗用防止について各原局の統合調整を行わせるものである。
通産省ではデザインの改善と奨励のため、通産局に産業意匠課を新設することに一四日の省議で内定した。これは優良意匠の試験研究、奨励、デザイナーの養成を行い、意匠盗用防止について各原局の統合調整を行わせるものである。
大阪読売新聞社では発刊五周年記念事業として、開館二〇周年の大阪市立美術館と共催により、一三日から一一月一〇日まで、御物国宝重文重美の絵巻物を網羅して、絵巻物の名作展を開催した。
東京都教育委員会文化財専門委員会では、史跡、旧跡等都文化財を新指定し、二日発表した。美術関係では木製軍船ひな形がある。
広範囲にわたるデザインの向上発展を目ざして日本国際デザイン協会が二日設立された。インダストリアル・デザイン、クラフト・デザイン、工芸、建築等各界のメンバーにより構成され、毎月講演会、座談会等を催す。
国立近代美術館の運営及び事業の発展拡充に協力し、美術文化の向上と海外進出を盛にするため側面から援助する目的をもつて、国立近代美術館運営協力会が二日設立された。事務所は同館内に置き、主な役員は次の通りである。 顧問-藤山愛一郎、一万田尚登、石橋正二郎、高橋誠一郎他、会長-足立正、副会長-司忠、吉田秀雄、理事-秋葉武定、古屋徳兵衛、五島昇他。
第三回毎日産業デザイン賞は、次の通り発表された。 工業デザイン部門-直野善一を中心とする松下電器インダストリアル・デザイナー・グループの作品(該当作品はNR1730型電気冷蔵庫、UB1150型6石トランジスター・ラジオ、MC12型クリーナー)=賞金一〇万円商業デザイン部門-亀倉雄策の一連の作品=賞金一〇万円
米国のアンフオルメル派画家サム・フランシスは、東京で個展を開くため二〇日来日した。展覧会は一五日から二〇日まで渋谷東横百貨店で開催された。
ブラジル・サンパウロにおける第四回ビエンナーレ国際美術展は四九ケ国が参加し二二日開会したが、一六日審査終了の結果、日本の浜口陽三の版画作品「静物」が最優秀賞と決まつた。なお賞金は五万クルゼイロで邦貨約九七万円に相当する。
奈良西ノ京薬師寺では、金堂薬師如来の須弥座と基壇の修理が三年ぶりに完成したので、二五日薬師如来の遷座作業が行われ、同寺の修理事業は全部終了した。
毎日新聞社では光琳生誕三〇〇年を記念し、一七日から二九日まで日本橋三越に於て、光悦、宗達、光琳の系列による装飾派の名品を集めて展観を行つた。
政府は一七日の閣議で三二年度文化勲章並びに文化功労者年金受賞者を決める選考委員一〇名を決め発表した。なお初の委員会が二六日開かれ会長に高橋誠一郎、副会長に高木貞二を互選した。委員次の通り 東大教授科学技術庁科学審議官安芸皎一、東大教授沖中重雄、日本学術会議会長茅誠司、早大演劇博物館長河竹繁俊、日大総長呉文炳、東京女子大学長高木貞二、日本芸術院長高橋誠一郎、元参議院議員美術評論家団伊能、日本芸術院会員辻永、作家野尻清彦。
ブラジルで開かれた第四回サンパウロ・ビエンナーレ国際建築展に、早大建築計画研究室の学生たち竹山実ほか一〇名の設計案を出品して最優秀となつた。同展は毎回一定の課題が決められ各国から応募するが、同大学からは一九五三年の第二回ブラジル・サンパウロ四〇〇年展から出品をつづけ、第二回の課題である「コムニュテイ・センターの計画」案、一九五五年第三回サンパウロ・ビエンナーレ学生建築展の「勤労家族三〇〇〇人のための休養施設」案でともに一等になつて居り、今回の第四回サンパウロ・ビエンナーレ学生建築展に於ける「工場労働者の住居群計画案」で連続三回目の受賞である。 なお、賞金は本年は等級をつけないので日本を含めた四カ国で邦貨約三九〇万円を分ける。
美術評論家瀬木慎一、洋画家阿部展也の両名は、一六日からイタリア、ナポリに開かれた第六回国際美術評論家会議、一九日からユーゴスラビアのドウブロフニックで開かれた国際造形芸術連盟第二回総会にそれぞれ代表として出席するため一四日渡欧した。
朝日新聞社と東寺の協力により文化財保護委員会では東寺の霊宝蔵、宝蔵、三密蔵、金剛蔵の四宝庫の収蔵品をしらべる総合調査を、一二日から二八日まで行つた。総数二六〇〇点に及ぶ寺宝のうち、新しく国宝、重要文化財の候補と目されるものは約三〇点程あつた。
毎日新聞社では一〇日から一九日まで日本橋白木屋に於て、宋元及び鎌倉室町の墨蹟、水墨画の有名品を展観した。
高村光太郎記念会では、一〇日新しく高村光太郎賞を設定することを発表した。これは毎年彫刻と詩の二部門で優秀作品を発表した作家各一名におくられるもので、第一回は来年三月一三日故人の誕生日に発表され、れんぎようを愛好したことにより「連翹忌」と名づけた命日の四月二日に授賞が行われる。賞は「針は天極をさすいくら回されても」と刻まれた光太郎の木彫を原型にした盆と、副賞一〇万円で、賞金は遺族の提供した高村光太郎全集の印税約二〇〇万円の全額があてられる。
写真ライブラリーによる日本美術の出版などを行う造形芸術研究所が設立され、従来美術出版社より出されていた美術雑誌「三彩」が、総合美術雑誌として同所より発行されることになつた。
アド・アート・ディレクターズ・クラブでは同クラブ編「年鑑広告美術」に収載した作品中からABC賞を次のように決めた。 金賞-大橋正、銀賞-伊藤憲治、今泉武二、亀倉雄策、河野鷹思、竹岡良一、中井幸一、銅賞-石元泰博、北園克衛、花森安治、早川良雄、山城隆一他
明年欧州各地で開催の日本古美術展に出品される宝物の審議会が二七日国立博物館で開催され、絵画六五件、彫刻二七件の総数九二件、一四三点を決定した。
ソ連で開催予定の日本工芸美術展に出す約五〇〇点の作品を審査するため、ソ連からプーシキン記念国立造形美術博物館々長Z・A・イバノビッチと東方文化博物館の極東文化課長G・O・ニコライエブナ女史が二七日来日した。