- 本データベースは東京文化財研究所刊行の『日本美術年鑑』に掲載された彙報・年史記事を網羅したものです。
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1956年06月 第二八回ビエンナーレ国際美術展の開かれる一六日に先だち、一一日日本館(吉阪隆正設計)の開館式が、日本からの代表委員評論家富永惣一、日本美術家連盟委員長伊原宇三郎、それに日本館建設の民間資金を寄贈した石橋正二郎等が参列して盛大に行われた。日本館はかねてイタリア政府より敷地の提供を申出られていたが、資金面で建設は実現困難であつたが、日本美術家連盟が中心となりヴェニス日本館建設準備委員会(委員長団伊能)等が設けられ熱心な運動がつづけられた。当初賛成を得られなかつた政府からも漸く建設費の一部三○○万円を計上され、不足額二○○○万円の調達は極めて難行だつたが、石橋正二郎がその全額援助を申出たことによりこの実現をみるに至つたものである。
1956年06月 第二八回ヴェニス国際美術展の入賞が一五日発表されたが、版画部門で棟方志功が入賞し、賞金二五万リラが贈られた。
1956年05月 愛知県立美術館の日本美術史展は前年に引続き第三期(桃山時代─江戸時代)を、二七日から六月二五日まで朝日新聞社の主催で開催した。今回で独自の方式を以て美術作家を系統的に紹介しようという同展覧会の企劃が一応完了したことになる。
1956年05月 最近出版物に関する世界各国よりの照会、展示会開催の要望が多くなつたので、従来のアジア文化交流出版会を発展的に解消し、新たに出版文化国際交流会(会長下中弥三郎)を結成、三○日その発会式を行つた。
1956年06月 鎌倉近代美術館では二日から七月二九日まで、朝鮮古陶磁展を開催、三○○点に近い作品が年代順に配置され、楽浪、三国時代から李朝に至る朝鮮古陶磁の歴史的概観を示した。
1956年05月 アメリカの民間建築家一九名が、日本古典建築の見学に二二日来日した。最近米国での日本建築への関心は強く、初旬に行われたアメリカ建築家大会がきつかけとなり有志が集つたもので、一行は約三週間の予定で、古建築及び最近の和風建築の見学を行い、また日本建築学会等と意見の交換を行つた。
1956年05月 七月カイロで開かれたバンドン会議の決議にもとづくエジプト政府主催のアジア・アフリカ諸国美術展に、日本からも参加し、日本画一○名、洋画九名、版画三名、合計二三名の作家各一点ずつと、工芸作家二○名、二○点の作品及び市販品の七宝、食器等が送られ、会場で大いに人気を集めた。
1956年05月 シェル石油会社は日本の新人美術家奨励のため「シェル美術賞」を設定した。競技の運営及び選考は同社の依嘱により美術評論家連盟が当り、授賞の対象は日本画、洋画、水彩画に限られる。(賞金一等一点一○万円、二等一点五万円、三等四点各一五○○○円)
1956年05月 一一日から一六日まで日本経済新聞社の主催により八重洲口大丸で玉堂展を開催した。
1956年05月 慶長一四年(一六○九)池田氏の構築になる姫路城は、昭和一六年以来改修工事をつづけて来たが、今年度より天守に着手することとなり、三日朝起工式を行つた。白鷺城の名で親しまれてきた秀麗な姿も、解体修理のため約一○年間姿をかくすことになる。
1956年05月 文化財保護委員矢代幸雄は、中亜極東協会から招請され、日伊文化協定にもとずく初の文化使節として、三日出発した。日程の中には、美術講演、ヴェニス日本館開館への参列、来年開催予定の欧洲に於ける日本古美術展の折衝、及びルネッサンス展日本開催の下相談等が含まれている。
1956年04月 中部日本新聞社の主催により名古屋松坂屋に於て二九日から五月二三日まで、平安鎌倉国宝展が開かれた。特に彫刻に限つての出品ながら名品揃いであつた。
1956年05月 奈良国立文化財研究所では飛鳥平城宮跡長期発掘計画の一環として、一日飛鳥寺跡の発掘を開始、同二六日終了した。今次の調査で塔の東西に金堂と同一規模の建物を配しているらしいことが判明し、興福寺に似た伽藍配置が推定されることとなつた。なお、我国最古のものとみられる白色大理石の石灯籠の台石が発掘された。
1956年04月 イタリアフローレンスで二八日から五月一八日まで開かれる第二○回フローレンス国際手工芸展に、日本でも初めて参加し、各工芸作家作品、工芸試験所作品、及び市販のものが集めて送られた。
1956年04月 雪舟歿後四五○年を記念して、東京国立博物館では、二八日から五月二七日まで雪舟展を開催した。雪舟の代表作を網羅した上、彼の画作に影響を及ぼした中国の画人及び、彼のあとをついだ拙宗、周耕、雪村、牧松の作品も併せ出品され、雪舟研究の新しい資料と研究の成果がいろいろの形で表わされた。
1956年04月 日本陶磁協会では、前年の宋磁に引続き、二四日から五月六日まで、高島屋に於て元明の陶磁展を開催し、元明の名品約三○○点が展観された。
1956年04月 昨春バンドンで開かれたアジア諸国会議の決定にもとづき、各国にアジア連帯委員会が設けられたが、印度、ソ聯、中国等の招請により日本文化使節団の民間代表二○数名が、二四日羽田を出発した。一行は谷川徹三を団長とし、芸術を通じ相互理解と交流を推進することを目的とし、印度、エジプト、ソ聯、中国、ベトナム、北鮮の各国を訪問した。美術関係団員では、本郷新、福田豊四郎、加藤唐九郎、菊池一雄、渡辺義雄、今泉篤男がいる。
1956年04月 ブリヂストン・タイヤ社長石橋正二郎が、久留米市に新設した「石橋文化センター」の開園式及び久留米市への寄贈式が二六日行われたが、その一環として美術館が含まれ、開館の記念展として、東京で開催中の安井曽太郎展に関連し、所蔵品一二○点の展観があつた。
1956年04月 藤島武二の胸像が、門弟、友人等有志により、東京芸術大学内の正木記念館中庭に建立された。製作は新制作協会会員本郷新があたり、二○日関係者参列の下に盛な除幕式が行われた。
1956年04月 館内の改装修理を終えた奈良国立博物館では、二○日から五月二〇日まで、浄土教美術の中心課題というべき来迎美術展を開催した。出品は絵画に限り、高野山の二五菩薩来迎図以下、来迎美術の代表的作品約一二○点を陳列した。