国宝長楽寺焼失
1950年02月一二日千葉県印旛郡大森町国宝長楽寺観音堂から出火、同建物を全焼した。
一二日千葉県印旛郡大森町国宝長楽寺観音堂から出火、同建物を全焼した。
同陳列所は四条通り河原町西入パン・アメリカン二階に新設された。
同館は四条柳馬場東入ル京都貿易館内に開設された。
最近ニユーヨークで十ケ月間にわたり個展を開き好評を博した藤田嗣治は四日英国からル・アーゲル港に到着した。
戦前一時中断されていた二科会の前衛派集団九室会が再組織され、機関誌「ニユーアート」を発刊する。
伊東深水の青衿会、児玉希望の国風会は発展的解消を遂げ、伊東、児玉両名を顧問に両塾の代表作家ならびに各方面の同志を会員として日月社が結成された。
読売新聞社主催により日本の現代絵画を鳥瞰する意味で選ばれた梅原、安井ほか十五作家による展覧会が一六日より高島屋に開催された。
六歳の西田絃、四歳の矢野目清彦らが個展をひらき街の話題となつた。
伊藤熹朔、吉田謙吉両舞台美術研究所主催の舞台美術展が開かれ、約五〇点の精巧な模型がならび演劇美術に対する一般の関心を呼んだ。
二四年度朝日文化賞の正倉院古楽器を扱つた林謙三が受賞した。
英本国をはじめ英連邦五ケ国の美術界の現状を伝える複製三五〇点が毎日新聞、英文毎日両社主催で日本橋三越において展観された。
大観、玉堂、桂月ら老大家級数人を集めた三越企画の展覧会無名会が開かれた。