東京芸術大学洋画科教授に林武決定
1952年03月東京芸術大学洋画科教授梅原竜三郎、安井曽太郎は二六年一一月辞表を提出したが、その後任として独立美術協会々員林武(本名武臣)が主任教授に決定し、三月七日発令された。
東京芸術大学洋画科教授梅原竜三郎、安井曽太郎は二六年一一月辞表を提出したが、その後任として独立美術協会々員林武(本名武臣)が主任教授に決定し、三月七日発令された。
京都在住の若い彫刻家によつて京都新彫刻家クラブが組織された。二月京都大丸において第一回展を開催した。
一二日東京都教育委員会は、一九一八年東京府告示「東京府史的記念物勝地保存心得」によつて指定された約二五〇種の文化財について検討し、新たに「東京都文化財保護条例」を制定することを決定提案した。この条例案は都議会を経て四月一日公布即日施行となつた。東京都文化財専門委員を置き、文化財保護法で指定されたものを除く都内の文化財、都重宝、都技芸、都史跡、都天然記念物を指定保護する。
我が国へ仏教が伝来して今年は一四〇〇年に当るのでこれを記念して、毎日新聞社、春日大社、興福寺主催によつて、奈良春日興福寺国宝展を二一日から三月九日まで日本橋三越において開催した。
イギリスの現代美術協会の主催で、世界各国の彫刻家が参加する「国際彫刻コンクール」へ日本も正式に招待された。昭和二八年三月からロンドンで開かれる予定で、「知られざる政治囚」という課題である。
ニューヨークで行われた米国旅行業界紙「トラベル・アイテム」主催の美術カレンダー・コンクールで日本交通公社が出品した一九五二年版海外向カレンダーが一等賞を受けた。日本画家の作品一二点を色刷したもので、他の受賞カレンダーとともにニューヨークの近代美術館に飾られた。
イラストレーテツド・ロンドン・ニュースの特派員として幕末に来朝し、油絵の実技を伝えて明治初期洋画に貢献したチャールス・ワーグマンの没後六〇年祭が行われた。ワーグマン終焉の地である横浜の市長平沼亮三、有島生馬、宮尾しげを等が発起人となつて八日横浜山手外人墓地の墓前で行つた。
一二日の学士院月例総会で昭和二六年度の恩賜賞、学士院賞が決定した。恩賜賞には京大教授水野清一・長広敏雄共著の「雲崗石窟第八洞・第九洞」が選ばれた。大同石仏の調査を集成した一五巻三〇冊のうちの最初に刊行されたものである。授賞式は五月一二日日本学士院において行われた。
アメリカ、ロスアンゼルスのカウンテイ・ミューゼアムで三月一五日から四月二七日まで開かれる予定の中国陶磁展にわが国にある最高級の陶磁器一五点が特別出品されることになり三一日送り出された。国立博物館のほか細川、岩崎、長尾各家所蔵の宋明時代の作品である。
第二回(昭和二六年度)アトリヱ新人賞は自由美術家協会々員森芳雄に決定した。
アメリカピッツバーク市のカーネギー美術館で一〇月一六日から一二月四日まで開かれるカーネギー国際美術展に日本から出品される油絵作品がカーネギー美術委員会によつて決定された。日本美術家連盟と在米の国吉康雄を通して日本から送つた作品写真によつて選ばれたものである。招待作品は阿部展也「アダムとイヴ」他一六点で、国内展は六月三日から八日まで神奈川県立近代美術館、同一三日から二五日まで日本橋三越において開催した。
四月一〇日から六月二日までスイスのルガーノにおいて開催される第二回国際版画展に我が国からも出品することとなり、国際文化振興会によつて恩地孝四郎、棟方志功、斉藤清、駒井哲郎の四人の作品が送られた。国内展示会は日本橋三越において一月二九日から二月三日まで開かれた。
ユネスコ事務局文化活動部のピータア・ベリウから日本政府ユネスコ常駐代表萩原徹に対し、浮世絵版画の複製五〇セット(一セット一〇〇枚)を購入し、希望するユネスコ加盟国に一セットないし二セットずつ貸し出し、これを博物館や学校などで展示させたいという趣旨の依頼があつた。文化財保護委員会、国立博物館が協力して、作家を指定するなど準備をはじめた。
第三回毎日美術賞の授賞式が二六日毎日新聞社において行われた。受賞者は第五回美術団体連合展出品の「暮色」による高畠達四郎、第五回新樹会出品の彫塑作品による木内克の二人である。
国立博物館表慶館において一月二四日より二月二四日までの一ケ月間、複製によるアメリカ絵画展を開催した。CIEの企画にもとづき現在までのアメリカ絵画の発展史を原色複製によつて展示したものである。
昭和二六年東京の京橋に新築されたブリッヂストン・ビルの二階に常設近代美術館としてブリッヂストン美術館が一一日開館した。西洋近代絵画と日本洋画の蒐集で著名な石橋正二郎のコレクションを主に展観する。
昭和二五年の九月に原案が作られ、二六年度に一億円の予算で建設される予定であつた国立近代美術館は敷地の問題で捗らなかつたが、一五日京橋の日活本社を買上げることに決定した。改装して美術館として使用することになつた。
「みづゑ」「美術手帖」を発行している美術出版社から月刊雑誌「美術批評」が創刊された。一般的な啓蒙、鑑賞を目的とした雑誌とはちがつて美術界の問題が批評的に取扱われている。
毎年五月パリで開かれるサロン・ド・メエは昨年我が国でも展観され注目を受けたが、今年からその外国部に我が国の作家も出品することとなつた。毎日新聞社の斡旋により一九名の作家の作品が集り、その国内発表展が一〇日から一八日まで日本橋高島屋で開かれた。
二五日夜新装なつた有楽町駅の銀座口階段の壁に新制作会員荻太郎作の「子供の群像」大壁画がはめこまれた。千代田生命保険会社寄贈のもの。