アメリカでの日本古美術展出品目録決定
1952年10月来年アメリカの五都市で開かれる予定の日本古美術展の出品については八月以来日米合同選択委員会々議を重ね、九月五日文化財専門審議会を開いて第一次公式案を作成し、更に修正を重ねて一〇月九、一〇両日の専門審議会で可決した目録が一一日文化財保護委員会から発表された。高山寺の鳥獣戯画や神護寺の源頼朝像などが含まれている。
来年アメリカの五都市で開かれる予定の日本古美術展の出品については八月以来日米合同選択委員会々議を重ね、九月五日文化財専門審議会を開いて第一次公式案を作成し、更に修正を重ねて一〇月九、一〇両日の専門審議会で可決した目録が一一日文化財保護委員会から発表された。高山寺の鳥獣戯画や神護寺の源頼朝像などが含まれている。
薬師寺東塔の相輪屋根など修理工事を行つていたが、工程を完了し一一日落慶式法要が行われた。
明治四年九月文部省に博物局を置き、湯島聖堂大成殿を博物館として一〇月一日より一〇日間博覧会を開いたが、これが今日の東京国立博物館のもとになつており、今年で満八〇年を迎えた。博物館では二日記念式典を行い、また記念特別展として一日から三〇日まで館の収蔵品だけで普段陳列されない日用品までを含めた広範囲な展観を行つた。記念出版としては博物館所蔵品の総目録を刊行する。
海外各地にある大使館、公使館、領事館等から美術品を送つてほしいという要望が多いので、外務省では優秀作品を買上げて送ることになつた。装飾用とするとともに日本美術を紹介する意味で日本的な特色の濃い絵画、版画、工芸品を選ぶ方針である。
東京文化財研究所美術部長に田中一松が決定し、一日発令された。
福田新生、野崎利喜男など一水会々員の有志により「新しい内容と様式によるレアリズムの研究・創作・発表」を目標としてレアル美術会が結成された。
九月二〇日から一〇月二六日まで東京国立博物館表慶館においてブラック展が開催された。東京国立博物館、読売新聞社の主催、フランス大使館の協賛で、絵画・彫刻・版画等一九五二年に至る代表的作品をブラック自身選択したものである。
毎日新聞社では産業の興隆と輸出の促進に寄与するために新日本工業デザインの懸賞を設定したが、一五日入賞者を決定発表した。推薦に柳宗理、入選奨励賞に福田真知子のほか入選五、佳作八が発表された。
九月一六日から二一日まで日本橋三越においてベルギー現代美術展が開催された。ティトガット・デルボーをはじめ現代ベルギー画壇を代表する七作家の作品八二点を展観した。
ヴェニスの第二六回ビェンナーレ国際美術館のコンクール審査員として渡欧した梅原竜三郎は一二日帰国した。
大仏開眼一二〇〇年を記念して、東大寺名宝展が、東大寺、大仏奉賛会、朝日新聞社の主催、文化財保護委員会、東京国立博物館の後援によつて二日から二四日まで日本橋の高島屋において開催された。
昨年サンフランシスコで開催された日本古美術展の好評によつて、アメリカでは更にワシントン、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、シャトルで日本古美術展を開催することを希望し、その折衝に前ハーバート大学教授ウォーナー、メトロポリタン博物館東洋美術部長アラン・プリースト、ワシントンフリーヤー美術館長ウェンレイが来日した。文化財保護委員会との第一回会合を一二日東京国立博物館で開催した。
東京国立博物館奈良分館の名称は文化財保護法の一部改正により八月一日から奈良国立博物館となつた。
奈良薬師寺の国宝月光菩薩は七月一八日の吉野地震で首にひびが入つたので、これを修理することとなり、文化財保護委員会から担当技官が赴いたが、八月四日首と胴をつないでいた鉄の心棒を切断した。文化財保護委員会の内部でもこの措置が問題となり、一二月新たに修理委員会が設けられた。
日本の商業デザインが外国の商業美術雑誌に相次いで掲載された。ドイツのゲブラウス・グラフィツク誌の七月号は伊藤憲治の作品を八ページにわたつて紹介した。これは日本の商業デザイナーとして最初のことで、引きつづき各種のデザインが紹介された。
日本考古学協会弥生式文化特別委員会では三一日から大阪府中河内郡瓜破村大和川一帯の発掘を開始した。委員長杉原荘介が主宰し堅穴の遺跡多数の土器などを発見している。
一八日午前一時一〇分から約一三分間にわたつて近畿東海北陸中国四国の各地方広範囲にわたり地震があつた。この地震は吉野地震と名付けられたが、奈良薬師寺東大寺の仏像、橿原神宮の土器、兵庫県中山寺の山門等に被害があつた。
七月二一日から三週間パリで開催されるユネスコ第七回特別委員会で文化財保護の国際条約案が作成されるが、これに日本側からユネスコ常駐日本政府代表永井三樹三が代表として、また文化財保護委員会建造物課長関野克が顧問として出席することになつた。昭和二五年以来懸案となつているもので、二六年ユネスコ国際記念物委員会で作成した「武力衝突時における文化財保護に関するユネスコ条約案」一〇章四五条を一層検討する。関野克は一八日朝出発した。
二二日から八月一四日まで東京国立博物館表慶館において、インド大使館と東京国立博物館の共催でインド美術展を開催した。インドの絵画など約三〇〇点を展観した。