瓜破遺跡発掘
1952年07月日本考古学協会弥生式文化特別委員会では三一日から大阪府中河内郡瓜破村大和川一帯の発掘を開始した。委員長杉原荘介が主宰し堅穴の遺跡多数の土器などを発見している。
日本考古学協会弥生式文化特別委員会では三一日から大阪府中河内郡瓜破村大和川一帯の発掘を開始した。委員長杉原荘介が主宰し堅穴の遺跡多数の土器などを発見している。
一八日午前一時一〇分から約一三分間にわたつて近畿東海北陸中国四国の各地方広範囲にわたり地震があつた。この地震は吉野地震と名付けられたが、奈良薬師寺東大寺の仏像、橿原神宮の土器、兵庫県中山寺の山門等に被害があつた。
七月二一日から三週間パリで開催されるユネスコ第七回特別委員会で文化財保護の国際条約案が作成されるが、これに日本側からユネスコ常駐日本政府代表永井三樹三が代表として、また文化財保護委員会建造物課長関野克が顧問として出席することになつた。昭和二五年以来懸案となつているもので、二六年ユネスコ国際記念物委員会で作成した「武力衝突時における文化財保護に関するユネスコ条約案」一〇章四五条を一層検討する。関野克は一八日朝出発した。
二二日から八月一四日まで東京国立博物館表慶館において、インド大使館と東京国立博物館の共催でインド美術展を開催した。インドの絵画など約三〇〇点を展観した。
文化財保護委員会では一四日、重要文化財七六件の指定を発表した。重要美術品の中から選ばれたものと、いままで全然未指定であつたものとで、箱根美術館蔵「樹下美人図」、細川護立蔵「宋白地黒掻落牡丹文瓶」などがあり、そのうちの一部は二二日から二七日まで東京国立博物館において展観された。重要文化財の新指定はこれが二回目である。
流派にとらわれず友誼的な洋画研究団体として、熊谷守一、野口弥太郎、伊藤彪らによつて一五日白鳥会が結成された。第一回展は一〇月一一日から一五日まで日本橋白木屋において開催された。
言語学、民俗学、考古学など九学会連合によつて能登半島を総合調査することになり、一〇日から石川県七尾市和倉に調査本部を設けて約一ケ月半の予定で調査を行つた。考古学関係では東大教授駒井和愛が班長となつて参加した。
光風会々員全部の努力によつて東京都港区芝新桜田町一九に光風会美術会館が完成した。美術家自身の手による美術会館としてはわが国はじめてのもので、一階はギャラリー、二階はアトリエと集会所になつている。一〇日から一五日まで落成記念展を開いた。
七月七日から一一日までスイスのチューリッヒ、ベルヌ、ローザンヌで第四回世界美術評論家会議が一五ケ国代表五八名が参加して開催された。わが国からはじめて富永惣一が出席し、本年から、日本、ドイツ、トルコが正式に加入することになつた。
世界救世主教では昨年一〇月から箱根強羅に美術館を建設していたが完成、六月一五日落成式を行つた。東洋古美術の蒐集が多く、財団法人東明美術保存会所属として七月三日から一般に公開した。
工芸の新しい傾向を代表し、デザインに主点を置いた制作をしようとしている佐治正、佐藤潤四郎、芳武茂介等九名の工芸家によつて創作工芸協会が設立された。六月二日から六日まで第一回展を資生堂において開いた。
六月一四日から一〇月一九日までイタリアのヴェニスで開かれる第二六回ビエンナーレ国際美術展に日本も参加することとなり、横山大観、小林、古径、安井曽太郎、梅原竜三郎ら一一作家の作品一八点を送つた。
二六日東京国立博物館で行われた日本芸術院の今年度総会において、次期日本芸術院長に、任期満了の現院長高橋誠一郎が再選された。
版画家棟方志功、笹島喜平、下沢木鉢郎等六名によつて版画団体日本板画院が創設された。一一月一八日より二三日まで渋谷の東横において第一回展を開いた。
江戸時代の浮世絵師喜多川歌麿の生誕二〇〇年祭が一日、菩提寺の世田谷区烏山町専光寺で行われた。七日から二五日まで記念浮世絵展が銀座の松坂屋で開かれた。
六月一四日からイタリアのヴェニスで開かれるビエンナーレ国際美術展の日本側審査員として梅原竜三郎は三一日空路渡欧した。同じくビエンナーレ展日本側委員と九月にヴェニスで開かれる国際芸術家会議に美術部門代表として出席する国画会々員益田義信が同行した。
中央美術学園の指導者と卒業生をもつて中央美術協会が結成された。九月二六日より三〇日まで第一回展を日本橋白木屋において開催した。
昭和一七年にはじめられた法隆寺五重塔の解体復原工事は一〇年の期間をかけ、ようやく三月二二日塔上の水煙相輪をとりつけ大体の工程を完了した。四月末までに一切の準備を終え、五月一八、一九の両日落慶法要を行つた。法隆寺では落慶を記念して五月一〇日から六月一〇日まで聖徳太子奉讃展、飛鳥文化展などの特別展を行つた。
毎日新聞社主催の第一回日本国際美術展が五月二二日から六月一四日まで東京都美術館で開かれた。フランス、アメリカ、イギリス、イタリア、ベルギー、ブラジルの現代作家の出品に、日本の代表的作家の作品約四五〇点を集めた大規模な展覧会であつた。
八月イギリスのダーティントンで開かれる第一回国際陶工染織工大会に出席するため、また志賀直哉とともに毎日新聞社の文化使節として欧米各地を歴訪するために、日本民芸館長柳宗悦と国画会々員浜田庄司は三一日空路出発した。