明治大正昭和日本画巨匠名作展ひらく
1950年04月朝日新聞社主催で大観、紫紅、鉄斎等の名作を十五日より銀座松坂屋で展観した。
朝日新聞社主催で大観、紫紅、鉄斎等の名作を十五日より銀座松坂屋で展観した。
朝日新聞社提供、国立博物館主催の下にイタリヤ政府から送られたルネツサンス期名作複製の数々が六日より三〇日まで国立博物館表慶館に展観された。
二四年度に各種展覧会に発表された優秀作一四点を買上る事に四日決定した。
毎日新聞社主催で一日より大阪松坂屋で藤田嗣治回顧展が開かれた。
我国城郭建築の代表的遺構であり、また代表的な桃山障壁画の遺品をもつことで美術史上にも知られている名古屋城は戦災で焼失したが、取りはずしの出来る襖絵の類はほゞ災厄をまぬがれたので、それらの遺品を一日より一ケ月間国立博物館で公開した。
昭和六年東美卒の洋、日、彫・工・建の作家一四名が六窓会を結成、団体意識を離れて友情で結ぶ第一回展を四月日本橋高島屋に開く。
旧京都市立絵画専門学校はこの月から新制の美術大学として出発した。
緑巷会神津港人は同会を解散して新たに総合美術団体創芸協会を結成した。
日本芸術院では二七日、二四年度芸術院賞受賞者七名と本年度から新設の恩賜賞受賞者一名を決定した。
昨年度の各種展覧会に公表されたものの中から秀作、問題作として話題を投げたものばかりを約一三〇点選び三日より日本橋三越において展観した。
朝日新聞社文化事業団は、中尊寺藤原清衡、基衡、秀衡三代の遺体を調査し保存措置を講ずるため学術調査団を組織して現地に派遣、二十三日調査を開始した。
二科会では杉並区久我山に研究所を開設した。
毎日新聞社主催により二二日より日本橋高島屋で松園の初期より晩年に至る代表的作品を百十数点が展観された。女史の全貌を知るにたる意義ある陳列であつた。
文部省主催現代美術展の出品画が二七日朝運搬途中路上で焼失した。通行人の煙草の火が原因らしいとされた。絵は森田沙伊「カナリヤ」等四点。
上村松園とその芸術展を記念して毎日新聞社では女流作家の向上に寄与するため松園賞を設定した。選考委員には山本丘人、福田平八郎、山口蓬春、上村松篁が当たることになつた。
縄文文化研究の資料として戦前から注目されていた横須賀追浜の夏島貝塚は総司令部ダウンズ中尉の協力により明大考古学教室の手で二〇・二一両日にわたり試掘された。
読売新聞主催第二回日本アンデパンタン展が一八日より都美術館で開かれた。
湯島聖堂内大成殿孔子廟から大正天皇御下賜の孔子像二体が九日窃取され、数日後国電内で発見された。