本データベースは東京文化財研究所刊行の『日本美術年鑑』に掲載された彙報・年史記事を網羅したものです。
現在、2019年/平成31(令和元)年まで公開しています。(記事件数
5,450 件)
ソート順を選択
記事番号昇順
記事番号降順
1969年03月 社団法人「日展」は25日上野の日本美術協会で総会を開き機構と人事の改革を行った。これまで「日展」は民間団体であるにも拘らず常任理事会委員の資格は官展当時のまま文部省の芸術院会員であることとしていたことをはじめとして、審査員の任命、受賞の選定などにしばしば情実によるもののあることの疑惑がもたれ、批判があったが、今回の改革の一つは常任理事会(15人)とそれに準ずる理事会(40人)から75才以上の会員を顧問として棚上げし、いままでの理事会定員を54人としたことによって人事を若返らせたこと。第二には、常任理事会のもっていた審査員任命権、各賞授賞選考権を理事会に移したことが主な改革点である。辻永 に代る新理事長には山崎覚太郎 が選ばれた。
1969年03月 桃山建築を代表する京都西本願寺の唐門(国宝)の装飾彫刻の一部が子供のいたずらによって破損されているのが、19日、発見された。
1969年03月 文化財保護審議会は20日昭和43年度の史跡、天然記念物、重要民俗資料の文化財指定を発表した。史跡には古代の官衛を残した「那須官衛遺跡」や大阪の旧造幣寮(明治4年創業)など7件が含まれる。
1969年03月 日本文化フォーラム主催読売新聞社後援の第5回国際青年美術家展は21日から26日まで池袋西武で開催され、大賞(パリ留学費2000ドル)は「IN THE SKY OUT THE SKY」を出品した寺門晃に決定した。ストラレム優秀賞1席に渡辺恂三 、2席に楢葉雍、文部大臣賞に山本俶生、日本文化フォーラム賞に鈴鹿芳康、美術出版社賞に藤野登、佳作に河野穣而、安達東彦、高岸昇、宮島靖英に決定。
1969年03月 43年度美術工芸関係文化財として文化財保護審議会は国宝1件、重要文化財51件を指定した。国宝は鎌倉時代の玄奘三蔵絵(法相宗秘事絵詞)12巻(藤田美術館)、絵画の重文には長谷川等伯筆「烏鷺図」(大日本インキ化学工業)、作者不詳毛利元就像(永禄5年、山口市豊栄神社)、密教図像17点田能村竹田筆「暗香疎影図」(大分市帆足市太)等の他、藤島武二 筆「黒扇」(ブリヂストン美術館)、青木繁筆「わだつみのいろこの宮」(同美術館)、富岡鉄斎筆「安倍仲麻呂・円通大師図一双」(西宮市辰馬悦蔵)など。彫刻は今回初めて近代に来日した外国人の作品、つまりイタリア人ヴィンツェンツォ・ラグーザ作「日本の婦人像」石膏原型(東京芸大)が指定された他、伎楽面(東京国立博物館)31面など、工芸品には鎌倉時代の雲版(うんばん)、中国元代や明代の金襴袈裟など、他に書跡、考古品等を含んでいる。
1969年02月 京都国立近代美術館では、今泉篤男 館長が辞任後、後任が決まらなかったが、17日附をもって東京国立近代美術館次長の河北倫明 が館長として発令された。
1969年03月 第19回(43年度)芸術選奨と第2回新人賞の受賞者が4日文化庁から発表された。美術関係では昨12月回顧展を開いた洋画家牛島憲之 、写真集「宮廷の庭」の岩宮武二が選奨に、建築家で「福岡相互銀行大分支店」を設計した磯崎新が新人賞に選ばれた。
1969年03月 第12回安井賞に鴨居玲 「静止した刻」が決った。候補作は藤田吉香 「村」。受賞作を含む72作家78点の作品は7日から19日まで池袋西武で開催の安井賞展に展示された。安井曽太郎 記念会と毎日新聞社主催の同展はこれまでの50才未満という年令制限を廃したために幅広い出品者層が加わった。
1969年01月 昭和26年1月から18年間にわたる戦後の古美術界の諸活動に直接、間接に重要な役割を果してきた東京国立博物館長浅野長武 は1月3日世田谷の自宅で死去した。
1969年01月 長野県八ケ岳山麓から出土した縄文土器を復元したところ「婦人の出産図」とみられる原始絵画が画かれていることが分り、あるいは日本最古の絵画遺品ではないかとみられている(23日)。
1969年01月 第10回毎日芸術賞(昭和43年度)の美術部門は、芸術大賞として「朝明けの潮」の制作と去る11月に銀座松屋で開いた個展に対して日本画家東山魁夷 を、芸術賞として7月に日本橋高島屋で個展を開いたガラス工芸家岩田藤七 と、立正大学熊谷キャンパスの設計者槇総合計画事務所代表取締役槇文彦を選定した。