川崎小虎

没年月日:1977/01/29
分野:, (日)

日本画家川崎小虎は、1月29日老衰のため東京都杉並区の自宅で死去した。享年91。本名隆一。明治19年5月8日、中野金之助、あゆの長男として岐阜市に生まれた。家は名古屋に在ったが、父が岐阜県庁に勤務のため同市で生まれた。祖父川崎千虎は、明治画壇の大家として知られ、父は余技に南画と詩文をよくし、母も画道に親しんだ。岐阜師範附属尋常小学校に入学したが在学3年にして上京し、祖父千虎に大和絵を学んだ。根岸尋常小学校に入学するが、千虎が佐賀県有田陶芸学校長に赴任したため同行し、白川尋常小学校に入学、同時に有田陶芸学校専科で絵画と図案を学んだ。明治30年再び上京し、根岸尋常小学校に再入学した。またこの頃近くに小堀鞆音、安田靱彦がいて、屡々訪問して絵や故実を学んだ。同32年岐阜にもどり、翌年岐阜県立岐阜中学校に入学し、昆虫や植物に親しんだ。明治35年(1902)川崎千虎は68歳をもって没するが、その後は門下の小堀鞆音に師事し、同38年東京美術学校に入学した。在学中下村觀山、川端玉章、寺崎広業、小堀鞆音、結城素明松岡映丘に日本画を、藤島武二和田英作に洋画を、高森砕巌に南画をそれぞれ学んだ。明治43(1910)年東京美術学校を卒業し、その後3年程小、中学校図画教師として教職にあった。また同45年には新日本画の研究会行樹社を同窓の広島晃甫、川路柳虹らと結成し、赤坂三会堂で3回程展覧会を開催した。大正になってからは作品を主として文展、帝展に発表し、前者には「花合せ」(10回)があり、後者には「伝説中将姫」(2回)、「萌え出づる春」(6回)などがある。この間、大正6年31才で神谷清子と結婚し、翌年長女すみ子が、ついで翌8年次女あい子が誕生し、大正14年には長男鈴彦が誕生した。この年、帝展委員に推挙され、昭和2年には帝展審査員となり、以後帝展、新文展、日展等屡々審査員をつとめた。また大正12年第1回展を開催した日本画会革新には毎回出品をつづけ、昭和4年第7回展には後年代表作となった「オフィリヤ」の出品がある。この年帝國美術学校(現武蔵野美術大学)の教授となり、次男春彦が出生している。翌昭和5年には朝鮮美術展(9回)審査のため渡鮮し、各地に写生旅行を行い、その後も台湾、満蒙へ写生旅行をしている。昭和6年師の小堀鞆音は没したがその門下生による革丙会、東京美術学校卒業生の東邦画会等に官展外では出品し、さらに昭和14年には小堀鞆音門下生の朱弦会が結成され、これにも出品した。翌昭和15年には従軍画家として北支、満蒙へ旅行、また長女すみ子が東山魁夷と結婚した。昭和17年には第21回朝鮮美術展審査員として渡鮮し翌18年には東京美術学校教授となった。またこの年、加藤栄三山本丘人山田申吾、小堀安雄、東山魁夷の5名で國土会を結成し、のち高山辰雄、橋本明治らも加わり毎年高島屋で展覧会を開催し第7回に及んだ。翌19年東京美術学校教授を辞任し、山梨県中巨摩郡落合村に疎開し多くの写生をのこしている。戦後は、日展、日本画院展を中心に作品を発表、また昭和36年3月には初めての個展を日本橋高島屋で開催、15点を出品し、この年5月日本芸術院恩賜賞を受賞した。昭和38年77歳を迎え、その記念として喜寿記念展を銀座松屋で開催した。同42年には武蔵野美術大学名誉教授となったが、翌年1月脳血栓で倒れ入院した。半年後に回復するが以後左手で制作することが多くなった。昭和45年9月には大阪梅田阪神百貨店で、毎日新聞社主催により画業60年記念川崎小虎展を開催し、代表作70点を出品した。なお、没後の昭和53年2月にも山種美術館で「川崎小虎の回顧」展を開催し、約100点が出品された。
 小虎はこのように大和絵に出発し、東京美術学校では他の伝統的諸画派及び洋画を学んだので、その作品は確かな日本画技法の上に立った、新しい感覚のものであった。作風は地味で堅実な傾向にあったが、画面は甘美な情緒の漂うロマンチックな画情の持味に特色を示した。なお晩年は水墨画も多く描いている。
作品歴
明治43年  「草合せ」(卒業制作)
明治44年  「歌垣」2回國民美術展。
明治45年  「雨後」「夜の蔵」「うどんげの花を植える女」「童謡(天平の少女)」「黒衣の支那美人」「朝の牧場」「聖書をもつ少女」行樹社展。
大正3年  「月草」(初入選)
大正4年  「人形作り」第3回國民美術展。
大正6年  「御産養」第11回文展。
大正7年 「起願」第12回文展。
大正9年  「伝説中将姫」第2回帝展。
大正10年 「囲碁」第3回帝展。
大正11年 「丘の藥師堂」第4回帝展。
大正12年 「釣二題」日本画会革新第1回展。
大正13年 「春の訪れ」第5回帝展。「砂丘」日本画革新第2回展。
大正14年 「萌え出づる春」第6回帝展。「青い鳥」日本画会革新第3回展。「狐火」第1回聖徳太子奉賛展。「西天求法」第7回帝展。
昭和2年 「豆」「ばら」「茄子」日本画会革新第5回展。
昭和3年 「ふるさとの夢」第9回帝展。「源氏物語絵巻」(11巻54帖)尾上柴舟を中心に松岡映丘中村岳陵ら6名により制作。
昭和4年 「オフィリヤ」日本画会革新第7回展。
昭和5年 「こだま」第11回帝展。「踐祚」明治神宮奉讃会聖徳記念絵画館。「春」第5回東台邦画会展。
昭和6年 「岩清水」第6回東台邦画会展。「荒凉」第12回帝展。「壺と翁草」「汀の朝」第10回革丙会展。
昭和7年 「牧笛」第13回帝展。「つぐみ」第11回革丙会展。
昭和8年 「童謡」第14回帝展。「柏に栗鼠」第8回東台邦画会展。「南国の鳥」第12回革丙会展。
昭和9年 「森の梟」第15回帝展。「梟と雛」「壺に猫柳」第9回東台邦画展。「木菟」第13回革丙会展。「枯木に梟」第14回愛知社展。
昭和10年 「さぼてん」第10回東台邦画会展。「蘭」第14回革丙会展。
昭和11年 「山・浜」文展招待展。「猿」「芥子」第11回東台邦画会展。「あざみと壺」第15回革丙会展。「麦と野鼠」日本画会革新第14回展。
昭和12年 「焼野の春」第16回革丙会展。「そよふく風」第1回大日美術院展。
昭和13年 「七面鳥」第2回新文展。「雲海」第13回東台邦画会展。「ひまわりとかんな」第2回大日美術院展。
昭和14年 「崖」第3回新文展。「麦とギリシャ壺」「さぼてん」「砂丘の夕」第3回大日美術院展。「小兎」「冬瓜に鼠」「海芋」第1回朱弦会展。(小堀鞆音門下)
昭和15年 「沼の生活」ニューヨーク万國博。「木蓮」紀元2600年奉祝展。「沼三題」「冬日」「みそさざい」第2回朱弦会展。「磯風」第2回日本画院展。
昭和16年 「雄飛」第4回新文展。「雨後の砂浜」海洋美術展。「砂浜」「葉牡丹」第4回大日美術院展。「南国攻略戦」陸軍美術展。「雪の朝」第3回日本画院展。
昭和17年 「仔鹿」「海芋」第5回大日美術院展。「向日葵の実」第4回日本画院展。「摘草」「仔犬」
昭和18年 「蒙彊の秋」第6回新文展。「黍に雀(金風)」「兎」「早春」「仔鹿」「昼顔(あひるの子に昼顔)」「初夏」第1回國土会展。「砂丘」第6回大日美術院展。
昭和21年 「木の実拾い」第1回日展。「木の間に遊ぶ」第2回日展。
昭和22年 「支那町の宵」第3回日展。
昭和23年 「佐保姫」第4回日展。「麦秋」第2回毎日現代展。「若葉の林」第8回日本画院展。
昭和24年 「小梨の花」第5回日展。「裏町」第9回日本画院展。
昭和25年 「仔兎」「ばら」第6回國土会展。「卓と野草」第6回日展。「裏町」「橋」
昭和26年 第1回森々会展。川崎塾々展「野の草」第7回國土会展(國土会解散)。「舗道」第7回日展。
昭和27年 「山羊」第2回森々会展。「白鳳凰」桑港現代美術展。「ジャンク」第8回日展。「カラーの花」第12回日本画院展。絵師の旅絵巻制作。
昭和28年 「つる草(夕顔)」第3回森々会展。「鵜戸の産屋」第9回日展。「秋の園」第13回日本画院展。
昭和29年 「葉牡丹」第4回森々会展。「望郷」第10回日展。「洋蘭」第14回日本画院展。「若芽」第7回美術協会展。
昭和30年 「城外」第11回日展。
昭和31年 「薄氷」第12回日展。「たこ壺に猫柳」第16回日本画院展。
昭和32年 「砂丘」第13回日展。「秋の草」第17回日本画院展。「クリスマス草」第10回美術協会展。「春の女神」深川八幡宮のために制作。
昭和33年 「白土の丘」第1回新日展。
昭和34年 「靜韻第2回新日展。「秋の草」第18回日本画院展。「樹蔭(仔狸)」第12回美術協会展。「勅使参向図」靖国神社大祭記念のため制作。
昭和35年 「室内」第3回新日展。「裏町」第13回美術協会展。
昭和36年 川崎小虎作品展「猫柳」「麦」「野草」「陽だまり」「秋果」「アロウカシヤ」「あざみ」「白い花」「七面鳥」「梟」「稲むら」「灯」等(日本橋・高島屋)「秋瓷」第4回新日展。
昭和37年 「銅鐔」第5回新日展。「よしきりの巣」「梟」「滝」(以上水墨画)
昭和38年 「沈鐘」第6回新日展。
昭和39年 「薄明」第7回新日展。
昭和40年 川崎小虎水墨画展「孤舟」「野の鳥」「ガード下の夕」等、(日本橋・高島屋)「深山の春」第8回新日展。
昭和41年 「白い花」第9回新日展。
昭和42年 「ななかまど」第10回新日展。
昭和43年 「曠野」第11回新日展。
昭和44年 川崎小虎作品展「猫柳」ほか20数点。(銀座・村屋)「海辺」改組第1回日展。
昭和45年 川崎小虎展「仔犬」ほか30点(北辰画廊)画業60年記念川崎小虎展(梅田阪神百貨店・毎日新聞社主催)「初夏の森」改組第2回日展。
昭和46年 川崎小虎水墨画展「荒磯」「富士山」「鵜」ほか38点(北辰画廊)。「谷間の雨」改組第3回日展。
昭和47年 川崎小虎展。水墨と陶器(北辰画廊)「雪靜か」改組第4回日展。
昭和48年 「森の梟」(絵と随筆集明治書房)。川崎小虎作品展(ミニチュアによる)(高島屋)「仔鹿の秋」改組第5回日展。
昭和49年 「墨彩画の歩み」川崎小虎展(「林」「薫風」「蕗のとう」「雪の街灯」等、銀座松屋、北辰画廊)
昭和50年 「日本の四季展」(陶芸家坂倉新兵衛と共催)「行く秋」改組7回日展。「曠野」「水辺」制作。
昭和51年 川崎小虎展(北辰画廊)。「七面鳥」改組8回日展。「秋」制作。
昭和52年 川崎小虎展(北辰画廊)1月29日没
昭和53年 2月「川崎小虎の回顧」展開催。(山種美術館)3月川崎小虎追悼展(北辰画廊)9月、日本画の巨匠川崎小虎展(名古屋松坂屋)
昭和54年 川崎小虎小品展(北辰画廊)

出 典:『日本美術年鑑』昭和53年版(254-256頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「川崎小虎」『日本美術年鑑』昭和53年版(254-256頁)
例)「川崎小虎 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9613.html(閲覧日 2024-10-10)

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