出版美術家連盟結成
1950年11月出版美術家の地位の向上と生活権擁護を目的として、岩田専太郎を理事に会員約二〇〇名の出版美術家連盟が発足した。
出版美術家の地位の向上と生活権擁護を目的として、岩田専太郎を理事に会員約二〇〇名の出版美術家連盟が発足した。
法隆寺の原型が法輪寺ではないかとの学界のなぞを解くため国立博物館石田茂作らが二日奈良県法輪寺境内の発掘を行つた。
文化財保護委員会では大倉流の能狂言小謡 茂山弥五郎の「京童」ほか二五曲をレコードにとつて保存することになつた。
長野県平出遺跡の本調査は貴重な収穫をあげ一まづ終了した。
京都日展の宣伝ポスターに二科会々員吉原治良の作品を盗用したことがわかり問題となつた。
ゴツホ、ロダン、マイヨール、マチス等の作品をあつかつた文化映画が輸入紹介されその巧みな手法が注目された。
川村吾蔵制作のマツカーサー元帥胸像除幕式が二八日三越本店においてマツカーサー夫人の手により行われた。
渋谷区代々木八幡神社境内で竪穴式住居跡や土器などが発見された。
法隆寺は奈良朝以来の宗派法相宗から離脱し新たに聖徳宗を開宗した。
関野準一郎、東山沙智子ら会員一〇〇余名によつて青年画家協会が結成された。
三日宮中に於いて天皇陛下御臨席の下に小林古径ら七名に文化勲章が授与された。終了後午餐を賜つた。
仏教連合会、仏教懇話会、日本仏教讃仰会から国連へ綴れ錦織の仏像が贈られた。
武蔵野文化協会、日本彫刻家連盟共催の林間彫刻展が三日から井之頭自然文化園で開かれた。
新制作派、二科会、美術文化、第二紀会の四団体が同じテーマの”一つの椅子”を素材に三日から三越本店のシヨウ・ウインドーに表現を競つた。珍しい催しで街の人気を呼んだ。
二科会員乗松巌制作の自由の女神像が日比谷公園に建てられ三日除幕式を行つた。
明治風俗をかいて有名な鏑木清方の初期より近代までの代表作五〇余点をあつめた清方五〇年展が一日より上野松坂展で開催された。
さきに都教育委員会により鴎外、漱石、秋声の住居が史跡に指定されたが、これら三史跡に二日標識が建てられた。
第四回正倉院特別展は一日より奈良博物館に開催された。
外国向手紙料金二四円の切手に平等院鳳凰堂を印刷したものが一日発行された。