忠霊塔設計図案募集

記事番号:00515
年月:1939年08月

支那事変二周年記念日の七月七日発会式をあげて創立された財団法人大日本忠霊顕彰会では、その事業として今次聖戦に護国の華と散つた将士の分骨を安置して忠霊の顕彰と国民の感謝を表徴するため、内国各地の市町村及び満支両国の戦跡に忠霊塔を建設することとなり、その設計図案を広く一般から募集することとして八月二十四日その懸賞募集規程を発表した。 設計は、第一種主要会戦地に建設するもの、第二種内地大都市に建設するもの、第三種内地市町村に建設するものの三種に分ち、第一種は敷地約五万平方米、塔建設費用約五十万円、第二種は塔建設費約百万円、第三種は概ね同一様式の大型中型、小型の三とし、大型は敷地約六千平方米、建設費約五万円、中型約三千平方米、約二万円、小形約一千平方米、約五千円のものとする。応募図案の締切は昭和十四年十一月三十日。賞金は全額朝日新聞社の提供により、三種を通じて各一等(各一名)総理大臣賞(賞牌)並に賞金一千円、各二等(各二名)総理大臣賞(賞牌)並に賞金七百円、各三等(各三名)総理大臣賞(賞牌)並に賞金五百円、他に佳作約十名賞金各二百円と定めた。なほ審査員は左の通り発表された。 工学博士伊東忠太、同内田祥三、同岸田日出刀、同小林政一、同佐藤功一、同佐野利器正木直彦、陸軍技師柳井平八、海軍省建築局長吉田直、陸軍省兵務局長中村明人少将、海軍省人事局長伊藤整一少将、内務省警保局長安藤狂四郎

登録日: 2014年04月14日
更新日: 2015年11月20日 (更新履歴)
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