富田渓仙

没年月日:1936/07/06
分野:, (日)

 帝国美術院会員、日本美術院同人富田渓仙は7月6日午後1時40分京都嵯峨の自宅で突然脳溢血のため逝去した。享年58。渓仙名は鎮(シゲ)五郎、別号渓山人。明治12年12月9日福岡県博多に生る。13歳の時元福岡藩の絵師衣笠探谷に就き狩野派を学ぶ。同29年上洛、翌年都路華香に師事し四条派を学ぶ。同32年前期日本美術院第2回展に「鯉」を出品した。大正元年秋文展第6回に「鵜舟」を、更に翌年の第7回展に「沈竃容膝」を出品したが、横山大観等の認むるところとなり、大正3年、日本美術院再興さるるや院友に推薦され、翌年同人に挙げられた。再興院展には第1回に「鼎峠行人」を出品した。以後連年、其の四条派の筆技に発し、独自の工夫を凝した清新な画風を以て、画壇に特異なる存在を示した。昭和5年同展第17回に「雲ケ畑の鹿」を出品してその画境に一期を劃し、同8年の同展第20回に名作「御室の桜」を出品して好評を博した。同10年6月帝国美術院改組と共に其の会員に挙げられ第1回の帝展に「万葉春秋」を出品したが、同11年6月横山大観等と共に帝国美術院会員の辞表を提出した。渓仙の作風に就ては?に詳述する遑を有しないが、現在の画壇に於て最も芸術的な風格に富む画人の一人であり、匠気なき渾然たる其の画境は世に尊ばれる所であつた。彼は趣味広く俳諧、和歌に親しみ、昭和6年頃より浪漫詩を創作した。又読書を愛し、初めは好んで経書を読み中頃は仏典に親しみ、晩年は本朝の古文学に沈溺したと言ふ。著書に「渓仙八十一話」がある。
富田渓仙略年譜
年次 年齢
明治12年 12月9日福岡県博多に生る。
明治24年 13 元福岡藩の絵師衣笠探谷に就きて狩野派を学ぶ。
明治29年 18 上洛、伏見桃山に住す。頓奥園主人、燕巣楼、渓仙の号あり。
明治30年 19 都路華香の門に入り四条派を学ぶ。
明治32年 21 前期日本美術院第2回展「鯉」「鷲」
明治33年 22 京都美術協会主催新古美術品展「隠者」1等褒状。
明治34年 23 日本美術協会展「春郊牧童」1等褒状
明治35年 24 新古展「蒙古襲来」。京都後素協会展「白楽天」
明治36年 25 第5回内国勧業博「神功皇后釣鮎図」褒状
明治39年 28 新古展第11回「伎芸天」
明治40年 29 新古展第12回「雪」
明治41年 30 新古展第13回「訶利帝母」
明治42年 31 2月台湾より南支旅行、8月帰洛。博多聖福寺に「龍」の天井画を描く。
明治43年 32 新古展第15回「想思樹の橋」
大正元年 34 新古展第17回「山海経」4等賞、「若菜摘」。文展第6回「鵜船」
大正2年 35 文展第7回「沈竃容膝」
大正3年 36 再興日本美術院第1回「鼎峠行人」。日本美術院々友に推挙。大和達摩寺の襖絵揮毫
大正4年 37 院展第2回「宇治川の巻」。日本美術院同人に推挙さる。
大正5年 38 院展第3回「沖縄三題」
大正6年 39 院展第4回「風神雷神」「淀」
大正7年 40 院展第5回「南泉斬猫、狗子仏性」。院試作展「西行桜」。この頃より久彭山人、久彭庵、久彭子の別号を見る。
大正8年 41 院展第6回「嵯峨八景」
大正9年 42 院展第7回「列仙」
大正10年 43 院展第8回「八瀬の春」「大原の秋」。同院主催米国展「奔鹿」「祇園夜桜」。11月、大阪高島屋に個展を開催し、画集「京洛季」を上梓。
大正11年 44 院展第9回「漁火」「岬」。この頃より渓山人の落款散見す。仏国大使ポール・クローデルと詩画集「皇城十二景」を合作。
大正12年 45 院展第10回「春日野」
大正13年 46 博多の櫛田神社へ「騏麟鳳凰屏風」を献納、博多虚白院の仙厓堂再興にかかる。11月土井撰美堂にて西村五雲との合同展開催。
大正14年 47 院展第11回「幻化」
大正15年 48 この夏頃の作より専ら渓山人の落款を用ふ。
昭和2年 49 院展第14回「日本六十余州」の内「淡路」「筑前」「長崎」「山城」「讃岐」を出品。ポール、クローデルとの合作詩画集「四風帖」「雉橋集」成る。10月大阪高島屋に個展開催、画冊「近畿柳桜」成る。仏国ルクサンブール美術館に「神庫」を寄贈。
昭和3年 50 院展第15回へ続日本六十余州の内「伊勢神宮」「悠紀田」「紙漉き」を出品。11月大阪高島屋に個展開催、画集「春夏秋冬」成る。
昭和4年 51 仙厓堂再興成る。
昭和5年 52 院展第17回「雲ケ畑の鹿」。「聖徳太子奉讃会第2回展「糺の森」。チエツコスロバキヤ展「淀城」及「歳寒三雅」。3月佐藤梅軒にて個展開催。大倉男主催イタリー美術展「聖地の華」
昭和6年 53 院展第18回「梢の鷺、迅瀬の鵜」。ドイツ展「幽谷の鹿」。此頃より浪漫詩を作る。
昭和7年 54 5月土井撰美堂にて個展開催、画集「独活大僕」を上梓。院展第19回「優曇婆羅」
昭和8年 55 院展第20回「御室の桜」朝香官御買上。
昭和9年 56 院展第21回「伝書鳩」
昭和10年 57 3月随筆集「無用の用」を上梓。6月帝国美術院会員に挙げらる。
昭和11年 58 新帝展「万葉春秋」6月帝院会員の辞表を提出。7月7日逝去。

出 典:『日本美術年鑑』昭和12年版(145-146頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「富田渓仙」が含まれます。
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