巴里万国博覧会参加

記事番号:00206
年月:1937年05月

フランス政府がパリ市と協力して主催する「近代生活に於ける芸術及技術に関する一九三七年巴里万国博覧会」に関し、昭和九年末同国政府より我が政府に対し参加方勧誘あり、商工当局に於て考究の上政府は五十四万円の予算を以て参加を決定し、同十一年六月其の旨を先方に回答、爾来商工省内に於て其の事務を主宰し準備を進めた。一方民間側としては日本商工会議所日本産業協会、国際文化振興会の諸団体を中心として巴里万国博覧会協会を設立政府援助の下に同博覧会本邦参加出品に関する事務の処理に当つた。 同博覧会はパリ市中セーヌ河畔約二十四万坪を主会場とし、仏国政府支出金及パリ市分担金十億五千万法並に寄附金一億法の予算を以て計画され、参加国四十二箇国、世界の主要国を殆ど網羅し、各国は特設館を建設、自国文化と国力の宣伝に努めた。会期は四月より六箇月間の予定であつたが、同国に於ける労働運動等の為遅延し、五月二十四日未完成の侭開場式を行ひ、十一月二十五日閉場式を行つた。日本館の開館は六月十八日であつた。 今回の万国博覧会は単なるお祭騒ぎ或は見本市の如きものとは全く趣旨を異にし、其の名称に示す如く「近代生活に採り入れられた芸術と科学」或は「工芸と機械力、美と実用、進歩と伝統の調和」等を主題とし、摸倣因襲を排して芸術的斬新性を有する出品を目的としたもので本邦参同方針も此の趣旨に基き、約三、五〇〇平方米の敷地に日本趣味を探り入れた現代様式二階建の日本館(有蓋建築面積延一、〇七六平方米、建築費約二十五万円、設計監督坂倉準三)を建設、出品は館内を左の四部に分けて陳列することにした。 一、家庭生活部(応接室、婦人室、喫茶室) 二、商店部(布帛類、食器類、工芸品類) 三、科学部(新発明、考案等、なるべく実演操作を示す) 四、文化宣伝部(文化宣伝と観光宣伝を含み、産業、文化の状況と風光の紹介に努む) 出品に就ては従来の如き一般観誘を廃し、建物、出品物、陳列方法に一貫した綜合計画を保つ為、当局に於て指定製作又は指定出品の方法を取つた。出品者は三府二十県に亙り二百名、出品点数は約千四百点、其の大部分は二月十四日横浜出帆の榛名丸で発送した。又本邦参同事務処理の為政府より商工書記官菅波称事同技師池部宗薫の二名並に協会側より三名の係員を派遣した。 尚発送に先だち新な試みとして、一月二十一日より同二十七日迄日本橋高島屋で出品物国内展示会を開いた。

登録日: 2014年04月11日
更新日: 2020年12月11日 (更新履歴)
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