奈良文化財研究所開所式

1953年05月

二七年四月発足した奈良文化財研究所は、ほぼ態勢が整つたので、一五日開所式を挙行し、本格的研究段階に入つた。所長には田沢坦が就任した。

平等院鳳凰堂修理委員会発足

1953年05月

前年一二月解体を決定した平等院鳳凰堂の修理に関し、一七日修理委員会(委員長村田治郎)が発足した。解体に先立ち装飾文様と壁画の剥落防止、本尊移屋のための仮屋の建設を行い、又壁画の模写も行う。

インドの第二回国際現代美術展に参加

1953年04月

五月五日から六月一六日までインド、ニューデリーで開かれた全印度美術工芸協会主催の第二回国際現代美術展に堂本印象阿部展也等二〇名の作品二〇点を出品した。昨年一二月より、同協会から大使館、外務省を経て日本美術家連盟に参加を要請して来たので、連盟で斡旋し、読売新聞社、外務省、ユネスコ後援により、三月三日から五日まで日本橋三越で国内展示を行つた後空路輸送した。

日仏文化協定調印

1953年04月

日本とフランス両国間の文化関係の発展についてお互いに便宜を与えることを定めた日仏文化協定は、一二日岡崎外相とドジャン駐日仏大使によつて調印された。パリと東京に日仏混合委員会を設け、その実施運営に期待がかけられている。

日本建築学会賞決定

1953年05月

昭和二七年度日本建築学会賞が決定し、一二日同会より発表された。 一、建築論文 ○寝殿造の研究 前橋工業短大教授 太田静六 ○構造物の風圧力に関する研究 建設技官 亀井勇 ○鉄筋コンクリート構造における内部応力の伝達に関する研究 東京工大助教授 加藤六美 ○我国における地震危険度の分布と耐震設計基準震度の研究 東大教授 河角広 二、建築作品 ○日本相互銀行本店 新制作協会々員 前川国男 三、建築図書 ○日本の建築 日大教授 吉田鉄郎

月光菩薩修理開始

1953年04月

奈良薬師寺の月光菩薩修理計画は、修理委員会の手で準備を進めていたが、四、五月分の暫定国庫補助金も決つたので、二〇日から本格的修理にとりかかつた。接着にはアラルダイドを用い内部に鉄心を入れて補強する。

ブリッヂストン美術館で美術映画製作

1953年04月

東京京橋のブリッヂストン美術館では映画部を新設して美術映画の制作をはじめることになつた。一昨年来次々と入つてきたフランス美術映画に刺激され、作家の制作状況や生活を小篇にまとめようとするもので、まず最初に梅原竜三郎の撮影がはじめられた。

横河コレクション公開

1953年04月

横河民輔が収集し、東京国立博物館に寄贈した古陶磁約九五〇点のうち、中国陶磁を中心として時代別に陳列、一一日から六月三〇日まで、同館の春季特別展として公開された。

中尊寺華鬘発見

1953年04月

前年一〇月盗難にあつた平泉中尊寺の重要文化財華鬘四個は、二一日東京都内と花巻で、あいついで発見され、久しぶりに寺に帰ることになつた。

在外公館へ日本画を配置

1953年03月

欧米の日本大使館、公使館、領事館等を日本美術で飾ろうとして外務省では日本画家に依嘱していたが、第一期として皇太子殿下の立ち寄られる道筋にあたるところに配布を急ぎ、一部作品が完成した。横山大観「東海仙山」(イギリス)、川端竜子「熊野」(アメリカ)、前田青邨「小禽」(フランス)等七三点である。

日光に防災工事

1953年03月

文化財保護委員会では相つぐ国宝建造物炎上から防災事業を計画、その手始めに、東照宮、二荒山神社、輪王寺の日光二社一寺に大規模な防災工事を進め、第一期工事が大体完成した。主な施設は、自動火災警報装置、ドレンチャー装置、自家発電設備、貯水池、防火水路の増強、電動ポンプと消火栓の改修などで、工費総額五八五九万円である。

文芸美術国民健康保険組合発足

1953年03月

昨年より文芸家協会、日本美術家連盟、出版美術家連盟、日本著作家組合、全日本工芸美術家協会の五団体が設立準備中であつた「文芸・美術国民健康保険組合」は認可を得て二二日発会式を挙げた。理事長に丹波文雄、常務理事に伊原宇三郎、理事に鴨下晁湖、中島健蔵、山崎覚太郎を選出し、四月一日から業務を開始した。

国宝重要文化財第四次指定

1953年03月

文化財保護委員会では二七日、国宝一〇九件、重要文化財一四五件の指定を発表した。国宝は計五七四件、新指定のものに、善光寺本堂、雪舟筆秋冬山水図、随身庭騎絵巻、新薬師寺一二神将像、香取神宮海獣葡萄鏡等がある。その一部を四月一日から一〇日まで陳列公開した。

史迹名勝天然紀念物無形文化財指定

1953年03月

文化財保護委員会では三一日、特別史跡本居宣長旧宅など五件、特別名勝六義園など三件、史迹九件、名勝三件、天然紀念物四件、無形文化財として芸能関係四件、工芸技術六件の新指定を発表した。

桃山美術展、

1953年03月

朝日新聞社の主催により六日から一七日まで日本橋白木屋に開催。唐獅子図屏風、浜松図屏風等御物三点のほか、初公開の長次郎楽茶碗を含む八〇余点が展観された。

東京都美術館に佐藤記念室開設

1953年03月

東京都美術館は設立に際して基金を寄附した佐藤慶太郎を記念して館内に佐藤記念室を開設することになつた。講堂奥の二室六五坪を改修して常設陳列場とする計画であり、一五日から「近代印象派絵画複製展」によつて第一回展を開いた。

中尊寺に宝物収蔵庫建設

1953年03月

中尊寺金色堂の宝物盗難事件に鑑み、文化財保護委員会では同寺に宝物収蔵庫の建設を決定、着工した。建築は鉄筋コンクリート三階建、鈎型をなし、三ケ年事業で総工費二、六〇〇万円の予定。

芸能選奨美術文部大臣賞決定

1953年02月

昭和二七年度の芸術分野における優秀作品にたいしておくられる芸能選奨文部大臣賞が二七日決定発表された。 美術 日本画 金嶋桂華(第八回日展出品作「鯉」に対し) 洋画 小林和作(第二〇回独立展出品作「海辺の丘」その他近業に対し) 彫刻 清水多嘉示(第八回日展出品作「裸婦」に対し) 工芸 浜田庄司(個展出品「壺」その他近業に対し) 他部門略。

日本彫刻家倶楽部発足

1953年02月

昭和二二年創立の日本彫刻家連盟を解散、改めて日本彫塑家クラブとして新発足した。職能団体的性格をはなれ、二科会、新制作協会に属する作家が脱け、日本美術院所属の彫刻家が加入、顧問に朝倉文夫北村西望等を推して日展系の色彩が強くなつた。従来行わなかつた作品公募も行う。

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