上村松園

没年月日:1949/08/27
分野:, (日)

 明治、大正、昭和三代にわたつて多くの秀れた美人画をのこした上村松園は8月27日奈良県生駒郡の別邸唳禽荘で肺臓癌のため逝去した。享年75才。松園は本名を常子、明治8年京都市の茶補上村太兵衛の二女に生れ、14才の時京都府画学校に入学、鈴木松年の指導をうけた。翌年松年が退校するに当り共に退学、正式に松年の門に入る。第3回内国勧業博に「四季美人図」を出してみとめられ、折から来朝中の英国コンノート殿下の買上げとなつた。その後松年の許可を得て、幸野楳嶺に就き傍ら漢学を市村水香、詩を長尾雨山に学んだ。楳嶺没後は社中と共に竹内栖鳳に師事、その間男子に伍しての烈しい精進ぶりはよく知られる所である。この頃のものには「清少納言」「義貞聴琴」等歴史風俗が多く、後年の洗練された技巧に対し、鈴木派の生硬な筆致がみられる。明治40年文展開設されるや連年秀作を発表、大正期の「深雪」「花がたみ」「焔」など情懐深いものから晩年昭和期の「草紙洗小町」「夕暮」など手堅い様式化へ発展、技巧は円熟し、洗練された色調と共に他の追随を許さぬ画風を示した。昭和16年芸術院会員、19年帝室技芸員、23年には文化勲章を受けた。昭和20年以降は奈良郊外唳禽荘にこもり作画三昧の日日を送つていたものである。
略年譜
明治8年(1才) 4月23日京都市に生る。厳父太兵衛2月逝去。
明治14年(7才) 仏光寺内開智小学校に入学。
明治21年(14才) 京都府画学校に入学。
明治22年(15才) 画学校退学鈴木松年の門に入る。
明治23年(16才) 第3回内国勧業博覧会「四季美人図」出品褒賞(英国コンノート殿下御買上となる)。日本美術協会「美人吹笛図」
明治24年(17才) 日本美術協会「美人詠歌図」京都御苑内、日本青年絵画共進会「美人観月」
明治25年(18才) 京都御苑内、春季絵画展「美人納涼」
明治26年(19才) 松年の許可を得て幸野楳嶺に師事。日本美術協会「美人弾吹図」3等賞銅牌。米国シカゴ博農商務省下命「四季婦人図」
明治27年(20才) 日本美術協会「美人掲簾図」出品、褒状2等。
明治28年(21才) 幸野楳嶺死去、竹内栖鳳に師事する。日本美術協会「古代美人図」褒状2等。第4回内国勧業博覧会「清少納言」褒賞。京都御苑日本青年絵画共進会「義貞聴琴図」3等賞。
明治29年(22才) 日本美術協会春季展「暖風催眠」褒状1等。日本美術協会秋季展「婦人愛児図」褒状1等。
明治30年(23才) 日本美術協会秋季展「梅花粧図」3等賞銅牌。日本絵画協会「頼政賜菖蒲前」2等褒状 京都御苑内全国婦人製作品展「美人観音」1等褒状
明治31年(24才) 京都御苑内京都絵画共進会「一家団欒」3等銅牌。日本美術協会「古代上臈図」3等賞銅牌。新古美術品展「重衡朗詠」3等銅牌。
明治32年(25才) 京都新古美術品展「人生の花」3等賞。全国絵画共進会「美人図」「孟母断機」。日本美術協会「官女図」褒状2等。
明治33年(26才) 日本絵画協会8回絵画共進会「花ざかり」銀牌。パリ万国博覧会「母子」銅牌。京都新古美術協会創立10周年回顧展「軽女惜別」2等銀牌。
明治34年(27才) 京都新古美術品展「園裡浅春」1等褒状。第1回岐阜絵画共進会「吹雪」銅牌。絵画研究大会「半咲図」銅牌。
昭和35年(28才) 日本美術院「時雨」3等賞。日本美術協会「少女図」3等賞銅牌。信太郎(松篁)生る。
明治36年(29才) 第5回内国勧業博覧会「姉妹三人」2等銀賞2席。北陸絵画共進会「春の粧」銅牌。
明治37年(30才) 新古美術品展「遊女亀遊」4等賞。セントルイス万国博「春の粧」銀賞。
明治38年(31才) 新古美術品展「花のにぎはひ」3等銅牌。
明治39年(32才) 新古美術品展「柳桜」3等銅牌。京都市初音小学校へ「税所敦子孝養図」を寄贈。
明治40年(33才) 日本美術協会「虫の音」3等賞銅牌。北陸絵画共進会「花のにぎはひ」1等賞。第1回文展「長夜」3等賞。
明治41年(34才) 2回文展「月かげ」3等賞。北陸絵画共進会「桜がり」1等金牌。新古美術品展「秋の夜」3等銅牌。
明治42年(35才) ロンドン日英博「花見」。ローマ万国博「花の賑ひ」金牌大賞。新古美術品展「虫の音」3等銅牌。
明治43年(36才) 第4回文展「上苑賞秋」3等賞。京都新古美術品展「人形つかひ」2等銀賞。10回巽画会「花」2等銀賞。
明治44年(37才)「吹雪」「新粧」
大正2年(39才) 第7回文展「蛍」3等賞。「化粧」
大正3年(40才) 大正博覧会「娘深雪」2等銀賞。第8回文展「舞仕度」2等賞。
大正4年(41才) 第9回文展「花がたみ」2等賞。
大正5年(42才) 第10回文展「月蝕の宵」推薦。文展会場にて皇太后宮行啓、御前揮毫を命ぜられ「古代舞姫」謹作。
大正6年(43才) 秋、皇太后宮京都へ行啓、公会堂にて「初春図」御前揮毫。
大正7年(44才) 12回文展「焔」「天人」皇太后文展行啓の折「紅葉がり」御前揮毫。
大正11年(48才) 4回帝展「楊貴妃」
大正15年(52才) 聖徳太子奉賛展「娘」。8回帝展「待月」
昭和3年(54才) 御大典記念御用画「草紙洗」
昭和4年(55才) 伊太利日本画展「伊勢大輔」「新蛍」
昭和5年(56才) 高松宮家御用画「春秋」二曲一双
昭和6年(57才) ドイツ、ベルリン日本画展「虫ぼし」出品、同国政府の希望により同国々立美術館へ寄贈、同年7月同国より2等赤十字章を授けられる。
昭和7年(58才) 「虹を見る」「蛍」
昭和8年(59才) 高松宮家御用画「春秋」(双幅)
昭和9年(60才) 京都市展「青眉」。15回帝展「母子」政府買上。母堂仲子刀自逝去。
昭和10年(61才) 1回春虹会「天保歌妓」東京三越展「鴛鴦髷」「土用干」。京都1回五葉会「夕べ」。東京高島屋展「春苑」。
昭和11年(62才) 2回春虹会「春宵」。京都2回五葉会「時雨」「柳蔭納涼」。文展招待展「序の舞」政府買上。京都表装展「秋の粧」
昭和12年(63才) 3回春虹会「春雪」。学習院御用画「夕べ」。1回文展「草紙洗小町」政府買上。皇太后御用画「雪、月、花」
昭和13年(64才) 2回文展「砧」東京高島屋珊々会「緑雨」4回春虹会「移らう春」
昭和14年(65才) 5回春虹会「春鴬」珊々会「風」京都美術倶楽部30周年記念「鼓の音」
昭和15年(66才) 6回春虹会「櫛」珊々会「若葉」春芳堂展「春便」本山幽篁堂展「春芳」三越展「冬雨」画室社展「春光」東西名家新作展「むしの音」ニユーヨーク万博「鼓の音」
昭和16年(67才) 珊々会「夕べ」京都市展「晴日」7回春虹会「春に詠ず」5回文展「夕暮」11月約1ヶ月間中支旅行。芸術院会員に任ぜられる。
昭和17年(68才) 満州国献納画「婦人愛児」
昭和18年(69才) 「新蛍」「烈女はつ」6回文展「晴日」朝日新聞関西邦画展「晩秋」
昭和19年(70才) 「牡丹雪」「待月」。帝室技芸員拝命。
昭和20年(71才) 2月奈良県平城へ移転。
昭和23年(74才) 高島屋白寿会「庭の雪」10月25日芸術院第一部日本画会員13氏と共に賜餐、11月3日文化勲章拝受。
昭和24年(75才) 松坂屋巨匠展「初夏の月」絶筆、8月27日逝去、叙従4位。

出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(139-141頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「上村松園」が含まれます。
to page top