高田正二郎

没年月日:1989/07/04
分野:, (デザイン)

 東京芸術大学名誉教授、日本デザイン学会会員の高田正二郎は、7月4日午後8時50分、心不全のため東京都渋谷区の日赤医療センターで死去した。享年76。大正2(1913)年1月13日、東京都日本橋区に老舗東寿司を営む高田満之助の次男として生まれる。昭和4(1929)年都立第三中学校を卒業。在学中に日本パステル画会に入会し矢崎千代治に学ぶ。同5年、従兄であった彫刻家吉田久継にデッサンの手ほどきを受け、また東京美術学校図案科教授島田佳矣、同助教授千頭庸哉に鉛筆画などを学ぶ。同6年東京美術学校図案科に入学。和田三造広川松五郎に師事。同7年東京湾汽船ポスター懸賞募集、キッコーマン醤油新聞広告懸賞募集に応募してそれぞれ入選。在学中から各コンクール等で入選、受賞をかさね、同13年東美校を卒業する。翌年第26回光風会展に「水(三部作ノ内)」「華(三部作ノ内)」を出品して工芸賞受賞。同18年には洋画家中村研一に師事し同20年の戦争美術展に「ビルマ進攻作戦開始」を出品して奨励賞を受ける。戦後は同21年母校の工芸科図案部講師となり図案家として活躍するとともに日展洋画部にも出品し、同24年第5回日展出品作「ひととき」で特選受賞。その後も、新日展となる以前まで、日展への出品を続け、一方同24年光風会会員となった。はとバス社章、富士銀行マーク、防衛庁自衛官階級章などをデザインし、同30年日本デザイン学会会員となる。同32年文部省在外研究員としてニューヨーク・プラット美術学校(Pratt Institute)に留学。翌年欧州を歴遊する。社章、広告、本の装丁、各種イベントに関連するデザインのほか、昭和42年新日本産業株式会社制作「明治百年記念明治天皇肖像メダル」、同43年同社制作「吉田茂肖像メダル」、同47年同社制作「沖縄返還記念ニクソン・佐藤栄作肖像メダル」など多くの記念メダルのデザインも行なう。この間、昭和35年東京芸術大学デザイン科助教授、同51年同教授となったほか、福井大学、税務大学で講師をつとめ、朝日広告賞など多くの懸賞、公募の審査員となって、教育、普及にも寄与した。同55年東京芸大を定年退官して同大名誉教授となり、同60年より翌年まで山梨県立宝石美術専門学校長となった。同52、53、54年にそれぞれギャラリー・ジェイコで個展が開催されている。著作には、雑誌『アトリエ』別冊に発表した「レタリングの学び方」(90号、昭和42年)、「レタリングの書き方」(97号、同43年)、「鉛筆画の描き方」(92号、同42年)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』平成2年版(246頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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