上田浩司

没年月日:2016/06/25
分野:, (美関)
読み:うえだこうじ

 MORIOKA第一画廊主上田浩司は6月25日、岩手県盛岡市内で老衰のため死去した。享年83。
 1932(昭和7)年9月16日盛岡市に生まれる。岩手高等学校卒業。盛岡画廊は64年医師の高橋又郎によって開廊されたが、66年建物改築のため閉廊になる予定だった。上田は閉廊を惜しみ69年から本格的に運営にあたり、71年にはMORIOKA第一画廊として市内第一書店3階(60坪)へ、88年から1990(平成2)年はMORIOKA第壱画廊画廊と名をかえ中央通りへ、90年から2012年はテレビ岩手の1階に移転し再びMORIOKA第一画廊名で活動した。上田と美術との出会いは、45年盛岡市内の百貨店で松本峻介と舟越保武の2人展を見たことだった。敗戦によって価値観がすべて変わった世の中で美術の普遍性をみた。後に舟越は画廊に併設された喫茶店「舷」の看板文字を描いている。画廊で扱った作家は、東京で初個展を見て作品を購入した相笠昌義、開廊して初めて売れたオノサト・トシノブ、地元出身の小野隆夫や百瀬寿、杉本みゆき、数十年にわたり発表を支援した松田松雄などがいる。吹田文明、木村利三郎、関根伸夫、靉嘔、野田哲也、瑛九らの版画展、舟越保武、桂、直木親子の個展も開催している。若手を育てることを第一として、長い付き合いをする方針をもち、70年代は年間30近い展覧会を行なっていたが、2000年代は年数回になり、2017年8月宇田義久展が最後となった。記録集に『MORIOKA第一画廊 記録1964―2014』(2017年 MORIOKA第一画廊・舷)がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成29年版(547頁)
登録日:2019年10月17日
更新日:2019年10月17日 (更新履歴)
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