妹尾正彦

没年月日:1990/07/29
分野:, (洋)
読み:セノオ, マサヒコ*、 Senoo, Masahiko*

 里見勝蔵らと共にフォーヴィスムを唱い、明るく詩情ある作風を示した独立美術協会会員の洋画家妹尾正彦は、7月29日午前5時28分、老衰のため、東京都三鷹市の野村病院で死去した。享年89。明治34(1901)年1月3日、岡山県都窪郡に生まれ、同40年、教職にあった父が李朝韓国政府の招聘教官となったため、一家で韓国へ渡り、京城で小、中学校に通う。大正9(1920)年、京城中学校を卒業して帰国し、翌年神戸高商(現、神戸大学経済学部)に入学。この頃から油絵を描き始め、同校3年在学中に紹介者もないまま小出樽重を尋ねるが、画道を断念するよう勧められるとともに、画才というものは一生絵を描き続けるか否かにかかると悟され、独学で画業を続ける。同14年、神戸高商を卒業して損害保険会社に就職する一方、絵を描き続け、昭和2(1927)年東京へ転勤を命ぜられて上京。同年、第2回1930年協会展に「居留地風景」「気象台の見える風景」で初入選する。同3年、「公設市場」など3点が第3回1930年協会展に入選し、また同年の第15回二科展にも「花屋店頭」で初入選する。同5年、1930年協会の同志が独立美術協会を結成すると同会に参加し、翌6年第1回独立展に「白と黄の裸婦」「窓と少女」「鶏卵と男」「海と障子の静物」を出品してO氏賞受賞、翌7年第2回同展では「雉、蝶、烏賊」「地図と女」で独立賞を受賞し、同9年同会会員となる。同12年、里見勝蔵を中心とするフォーヴィスムの画家たちが独立美術協会を退会するのに連坐して同会を退くが、里見の新団体結成には加わらず、以後戦後の同26年まで無所属となる。同26年、中村節也田中佐一郎菅野圭介らとともに独立十人の会を結成しその第1回展を開き、また、同年の独立美術協会創立20周年記念展を機に同会へ復帰し再び会員となって、以後毎年出品を続けた。停年退職するまで損害保険会社に勤務し、自由な画境を守り、晩年は日本経済新聞に連載されのちに単行本となった入江相政「味のぐるり」、木俣修「飲食有情」の挿図なども手がけた。昭和初期からフォーヴィスムの旗手の一人と目され、純度の高い原色を用いて、少年、少女、小動物、花などをモチーフに楽しく温かい画境を示した。昭和61年、青梅市立美術館で「妹尾正彦画学60年展」が開かれ、年譜、出品歴は同展図録に詳しい。

第1回(昭和6年)「白と黄の裸婦」「窓と少女」「鶏卵と男」「海と障子の静物」、2回「雉、蝶、烏賊」「地図と女」、3回「魚ト煉瓦ト海」「赤と黄の裸婦」、4回「太陽と葱の花」「富士山と紫陽花」「鴨」「梅と少女」「裸婦・桃・鯉」「花を売る女」、5回(同10年)「鯉と寿司」「砂丘と烏」「花の馬車」「少女と絨毯」「月・虫・裸婦」「梅」、6回「魚・貝・花卉」「春の窓」「夏(ダイビング)」「平和なる風景」「花束の少女」、7回「画室」「青空と卓上」「雪日」「雀の町」「少女と無花果」(同年退会)、20周年記念展(同26年)「氷雨」(旧作「雪日」、同年復帰)、20回「猫と花火」「憩える旅人」「浦近き町」、21回「草上の会話」「砂丘」「白日中天に在り」、22回「貝殻」「動物の園」、23回(同30年)「聴けや人々、窓外は緑雨なり」「耕して余さず」、24回「窓ごしの世界」「自由体操」「西瓜と子供」、25回「幸福な家のうえの空」「犬の散歩」、26回「愛園のかたつむり」「満月」「馬と虫」、27回「館の雨」「鷹を持つ少年」「水上の魚」、28回(同35年)「ここにも争いあり」「幸いな星の下の帽子」「傾斜の街」、29回「星座の下のコマ」「石と葉と雉」、30回「虫も鳥もそして人も」「海底庭園に蝶々ありき、チョオチョオ魚という」、31回「卓上の月」「人々と鳥たち」、32回「月明の夜を行く子供たち」、33回(同40年)「椅子と種子と鳥の標本」、34回「展覧会の客」「耕して余さず」、35回「夜道を行う」「華麗なるテーブル」、36回「塀の外に在る荷車」「富士のみえる画室」、37回「佛頭を刻す人」「鳶と海」、38回(同45年)「池」「巨木に群れる鳥」、39回「黒い鳥と白い鳥と海」、40回「月と沼と亀」「黄色の絨氈」、41回「田園俯瞰」、42回「椅子の争、鶏の争、紙凧の争」「赤牛を牽く」、43回(同50年)「龍の敷物」「猫と烏」、44回「博物館の顔」「或る女の肖像」、45回「石仏供花」「童女像」、46回「老人と鷹と少年」「花を採る」、47回「みほとけ供養」「魚暦」、48回(同55年)「倉と葱と花」「朝市の篭」、49回「星座の下の父と娘の肖像」「連翹の花咲く頃」、50回「ガスタンクと渡り鳥」「載花」、51回「花の帽子」「猫と桃」、52回「黒い絨毯」、53回(同60年)「祖父と孫たち」、54回「魚と鳥と花」、55回「無題」、56回「祖父生誕の日」、57回「黒い太陽の驚き」。

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出 典:『日本美術年鑑』平成3年版(310-311頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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