小坂圭二

没年月日:1992/08/11
分野:, (彫)

 新制作協会会員でキリスト教関係の作品で知られる彫刻家小坂圭二は、8月11日午前1時25分、急性肺炎のため東京都世田谷区の有隣病院で死去した。享年74。大正7(1918)年4月8日、青森県上北郡に生まれる。野辺地中学校在学中に阿部合成に師事するが、同13年より16年まで中国で兵役につき、一時制作から離れる。同17年東京美術学校彫刻科に入学して柳原義達に師事。同18年より21年までラバウルで兵役についた。同21年東京芸術大学に復学し、菊池一雄教室に学ぶ。同25年同校を卒業。同年から菊池一雄教室の助手をつとめた。また、同年の第14回新制作協会展出品作によって新作家賞、同27年第16回同展では「裸婦」で同賞受賞。同27年より翌年まで、東北十和田湖畔の「乙女の像」を制作中の高村光太郎の助手をつとめた。兵役の体験からキリスト教に興味を抱き38才で洗礼を受ける。以後キリスト教関係の主題を多くとりあげて制作。同34年新制作協会彫刻部会員となる。同35年渡仏し、フランス国立美術学校に入学。ヤンセスに師事し、エジプト、ギリシャ、ヨーロッパ各国を旅して、同37年帰国した。同45年大阪万国博覧会Expo’70のキリスト教館に「世界の破れを担うキリスト」を出品。同48年「断絶の中の調和」がバチカン現代宗教美術館買上げとなり、翌49年東京カテドラル大聖堂に「太平洋の壷」が納入された。同55年第1回高村光太郎大賞展に「人間1980」を出品して優秀賞受賞。同57年第2回同展には「漁る人」を出品して再び優秀賞を受けた。十字架の造型に興味を抱き、「ザ・クロス」(昭和42年)、「連立の十字架」(同42年、青山学院初等部礼拝堂)等、幾何学的形態に象徴性を持たせる作品を制作する一方で、「新渡戸稲造」立像等、肖像彫刻も多く手がけた。

出 典:『日本美術年鑑』平成5年版(322頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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