荒川修作

没年月日:2010/05/19
分野:, (美)

 美術家の荒川修作は5月19日、ニューヨークの病院で死去した。享年73。1936(昭和11)年7月6日、名古屋市瑞穂区雁道町に生まれる。51年、愛知県立旭ヶ丘高校(旧制愛知一中)美術課程に入学。同級生に美術家赤瀬川原平、一学年上に彫刻家石黒鏘二がいた。56年、武蔵野美術学校(現、武蔵野美術大学)に入学(のちに中退)。57年、第9回読売アンデパンダン展に初出品(以降、61年まで出品をつづける)。翌年の同展に出品された「人間―砂の器B」が瀧口修造に注目され、知遇を得る。60年、吉村益信、篠原有司男、赤瀬川原平、風倉匠、有吉新、石橋清治、上田純、上野紀三、豊島壮六とともに、ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズを結成し、4月、7月、9月にネオ・ダダ展を開催。しかし、同9月に初の個展「もうひとつの墓場」(村松画廊、東京)を開いたことで、グループの規律を乱したとして批判され、グループを離れる。61年、江原順の企画により2回目の個展を夢土画廊(東京)で開催。同12月、単身、ニューヨークへ渡る。62年、マドリン・ギンズと出会い、以降共同で作品を制作する。63年のシュメラ画廊(デュッセルドルフ)以降、欧米各地で個展を開催。また、後に「意味のメカニズム」として実現されるプロジェクトを開始。このころには、「棺桶」シリーズと呼ばれる箱状の作品から、ダイアグラム絵画と呼ばれる言葉や記号などを組み合わせた作品へと制作の重点が移る。65年、南画廊(東京)で開催した個展で渡米後の作品を初めてまとまったかたちで展示。66年、第7回現代日本美術展(東京都美術館ほか)に「作品―窓辺」を出品し、大原美術館賞。67年、第9回日本国際美術展(東京都美術館ほか)に「Alphabet Skin No.3」を出品し、東京国立近代美術館賞。68年、第8回現代日本美術展(東京都美術館ほか)に「作品」を出品し、最優秀賞。このころ、ニューヨーク、ウェスト・ハウストン通りのビルに転居。70年、第35回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館(コミッショナー・東野芳明)に「意味のメカニズム」シリーズを出品。71年、マドリン・ギンズとの共著『意味のメカニズム』をドイツ語で出版。72年、ドイツ政府の奨学金で西ベルリンに約8か月滞在し、ヴェルナー・ハイゼンベルクをはじめとする多くの物理学者・生物学者と交友を結ぶ。同年、「意味のメカニズム」展がドイツ各地を巡回。77年、デュッセルドルフを皮切りに、ヨーロッパ各都市を巡回する大規模な個展を開催し、その評価を確立する。79年、ヨーロッパでの巡回展に準ずる規模の個展を国内で初めて開く(西武美術館)。同年には、「意味のメカニズム」(国立国際美術館)、「荒川修作全版画展」(兵庫県立近代美術館)など国内での大きな個展が相次ぎ、『意味のメカニズム』第二版(英語、日本語、フランス語)も刊行。86年、「前衛芸術の日本」(ポンピドゥー・センター、パリ)に出品。87年、マドリン・ギンズとともに、Containers of Mind Foundation(現、Architectural Body Research Foundation)を設立。1991(平成3)年、国内での大規模な回顧展「荒川修作の実験展―見るものが作られる場」(東京国立近代美術館ほか)が開かれ、日本の観客に荒川の全貌を知らしめる機会となった。94年、磯崎新設計による奈義町現代美術館に常設作品「偏在の場・奈義の竜安寺・心」(現、「偏在の場・奈義の竜安寺・建築する身体」)が完成。斜めに傾いた円筒状のギャラリーの内壁に、竜安寺の石庭を配置するというものだった。この作品にみられるように、晩年の荒川は、鑑賞者の身体感覚に訴える建築的作品へと傾倒していった。翌年には、大規模な野外施設としての作品「養老天命反転地」が竣工。すり鉢状の地形に様々なパビリオンが点在し、それらが遠近感や平衡感覚を狂わせることで、日常生活においては無自覚な身体感覚を再認知させる。97年、グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)で日本人として初めてとなる個展「宿命反転―死なないために」を開催。2002年、『建築する身体』(英語版)を出版。このころから、「芸術、哲学、科学の総合に向かい、その実践を推し進める創造家」としてのコーデノロジストを名乗り始める。05年、「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」、08年、「バイオスクリーヴ・ハウス」(ニューヨーク)が完成。これらの作品は様々な分野の研究者の関心を惹き、05年に第1回アラカワ+ギンズ国際会議(パリ第10大学)が開かれる。その後も、08年に第2回(ペンシルベニア)、10年に第3回(on line)が開かれた。10年、初期の「棺桶」シリーズを集めた「死なないための葬送―荒川修作初期作品展」(国立国際美術館)が生前最後の個展となった。主な受賞歴として、1986年、芸術文化勲章(シュヴァリエ)受章、88年、ベルギー批評家賞、96年、第28回日本芸術大賞、2003年、日本文化芸術振興賞および紫綬褒章、10年、旭日小綬章など。

出 典:『日本美術年鑑』平成23年版(435-436頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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