福富太郎

没年月日:2018/05/29
分野:, (美関)
読み:ふくとみたろう

 美術品蒐集家の福富太郎(本名、中村勇志智)は5月29日死去した。享年86。
 1931(昭和6)年10月6日、東京・大井町に生まれる。幼いころから父親と叔父が絵の話をしているのをそばで聞いて育ち、3歳の頃には父親が買って見せてくれた鏑木清方の作品に心打たれる経験をする。小学校時代には小説に興味を持ち、商店であった親戚の家で店員たちが読んでいた本や雑誌の挿絵をとおして、鏑木清方をはじめ、池田蕉園・輝方、北野恒富らを知る。太平洋戦争が勃発すると少年飛行兵を志すようになり、また同じ頃には靖国神社の遊就館で戦争画に触れ、いつか蒐めたいという思いを抱くようになった。43年頃には強制疎開で中延へと移り、44年小学校を卒業すると東京府立園芸学校へ進学する。同年12月父親が亡くなり、翌45年5月24日の空襲で自宅も焼失。このとき父親が大切にしていた清方の絵が焼けてしまい、また残った作品も生活のために手放してしまったという。福富は後年、絵を買うようになった背景には、その贖罪の意識も少なからずあったと語っている。47年秋に園芸学校を中退した福富は、銀座通りでたまたま目にした「カウンター・ボーイ募集」の広告に応募し、ニューギンザ・ティールームという喫茶店で働きはじめる。その後49年9月に新宿のキャバレー、新宿処女林のボーイとなり、57年11月神田今川橋に巴里の酒場(21人の大部屋女優の店)というキャバレーを開店して独立、64年9月には銀座八丁目に銀座ハリウッドをオープン、全盛期には直営店29、チェーン店15を誇ったという。
 福富が初めて美術品をコレクションしたのは20歳のとき。勤めていた新宿のキャバレーの支配人に抜擢され、その際の臨時収入で清方の「祭さじき」を購入したのがはじまりであった。福富は美人画について、ただ綺麗なだけの絵には興味がなく、時代時代の世相を反映した、現実の生活を生きているような女性像を蒐めたいと語っている。50年代後半からは浮世絵の蒐集に着手するも、そのころにはすでに浮世絵の流通も落ち着き、思うように蒐集が進まなかったことから、福富は謎の浮世絵師とされていた写楽に目をつけ、その謎解きに邁進。写楽と司馬江漢とを結びつけるアイデアをまとめ、69年10月『写楽を捉えた』(画文堂)を刊行した。その一方で、福富の関心は次第に浮世絵版画から一点ものの肉筆浮世絵、さらには近代美術へと移っていく。63年にはたまたま手に入れた恵比寿と大黒を描いた掛軸が河鍋暁斎のものであったことから、暁斎作品の蒐集に乗り出し、1年で140~150点ほどを蒐めたという。翌64年には鏑木清方の作品を、市場に出たものは一本たりとも逃すまいという気構えで本格的に蒐めはじめる。同じ頃には池田蕉園・輝方夫妻の作品も蒐集しはじめるが、当時はまだその名を知る人も少なく、競争相手はほとんどいなかったという。また明治100年の回顧ブームで明治の洋画を目にする機会が増え、その魅力に惹かれていた福富は、64年に日動画廊がオープンしたのをきっかけに洋画のコレクションを開始、同画廊から吉田博の「笹川流れ」をはじめ、のちの福富洋画コレクションの核となる明治中期の作品を購入した。67年にははじめて鏑木清方を訪問、それまでに蒐めた清方作品を披露する。なかでも「薄雪」は清方自身焼けてしまったと思っていたこともあり、心底驚かれたという。以来福富は清方の作品が手に入ると、持参して披露するようになった。73年12月には岡田三郎助の「あやめの衣」を購入。同作はある銀行へ顧客から持ち込まれたものであったが、女性像は買わないとする銀行の方針によって、福富のもとへ持ち込まれたものであった。「あやめの衣」は切手にもなり、福富コレクションのなかでもよく知られた作品であったが、福富は熟慮の末、この作品を1997(平成9)年に手放している。その背景には、愛蔵する作品は大切に次の世代へ伝えたいという思い、絵という財産は預かっているだけで個人のものではなく、出来るだけ多くの人に見てもらい、絵の管理者として相応しい人物に持っていてもらうべきという思いがあったという。そのため公開にも積極的で、73年1月に「福富太郎コレクション 日本の美人画展」(新宿・伊勢丹)、82年1月に「異色の日本美術展」(東京セントラル美術館)、93年1月に「描かれた美しき女性たち 近代美人画名作展―福富太郎コレクション―」(銀座・松坂屋)、98年1月に「近代日本画に見る 美人画名作展 耽美の時―福富太郎コレクション」(大阪・ナビオ美術館)等を開催している。
 著書に『絵を蒐める 私の推理画説』(新潮社、1995年)、『描かれた女の謎 アート・キャバレー蒐集奇談』(新潮社、2002年)等がある。

出 典:『日本美術年鑑』令和元年版(511-512頁)
登録日:2022年08月16日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「福富太郎」『日本美術年鑑』令和元年版(511-512頁)
例)「福富太郎 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/995721.html(閲覧日 2024-05-30)

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