宮崎進

没年月日:2018/05/16
分野:, (洋)
読み:みやざきすすむ

 多摩美術大学名誉教授の造形作家宮崎進は5月16日心不全のため死去した。享年96。
 1922(大正11年)2月15日、山口県徳山市(現、周南市)に生まれる。1928(昭和3)年徳山尋常高等小学校に入学。35年に岸田劉生の画友であった徳山在住の洋画家前田麦二(米蔵)の指導を受け、油彩画を学ぶ。芝居小屋に出入りする前田の影響で地域の舞台の書割、大道具等も手掛ける。38年、上京して本郷絵画研究所に入り、39年日本美術学校油絵科に入学して大久保作次郎林武らの指導を受ける。42年、同校を繰り上げ卒業して応召し、外地勤務を希望してソ満国境守備隊に所属。45年8月に東北満州の鏡泊湖付近に野営中に終戦を迎え、ソ連軍によって武装解除し、同年12月にシベリア鉄道にて移送される。以後、各地の収容所を転々とする中で、抑留生活3年目頃から美術品の模写や肖像画の制作を行う。49年12月に徳山に帰還。宮崎はシベリア抑留について「ここにあった絶望こそ、私に何かを目覚めさせるきっかけとなった。生死を超えるこの世界で知った、人間を人間たらしめている根源的な力こそ、私をつき動かすものである」と記している(『鳥のように シベリア 記憶の大地』岩波書店、2007年)。50年に広島、長崎を訪れる。51年に上京して雑誌のカットなどを描く。56年寺内萬治郎に師事し、57年第43回光風会展に「静物」を出品。同年第13回日展に「静物」を出品。以後、これら二つの団体展に出品を続ける。59年第45回光風会展に「〓東」を出品してプールブー賞受賞。60年の同会に「〓東A」「〓東B」を出品して光風会賞を受賞、同会会友に推される。61年第5回安井賞候補新人展に「〓東」を出品。63年第49回光風会展に「廃屋」を出品し、同会会員に推挙される。65年6月、資生堂ギャラリーにて初個展を開催し、「石狩」「さいはて」など16点を出品。同年11月、第8回新日展に「祭りの夜」を出品して特選受賞。同年第9回安井賞候補新人展に「北の祭り」「祭りの夜」を出品。67年第10回安井賞展に「見世物芸人」を出品し安井賞を受賞。この頃の作品は祝祭的な場の中に刹那的で漂泊する人間をとらえたものが多い。72年4月第58回光風会展に「よりかかる女」を出品。同年7月に渡仏し74年10月までパリを拠点にオーストリア、スイス、ノルウェー、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル、チェコスロバキアなどを巡遊。この渡欧は、多くの西洋美術作品に触れ、人体や光の表現について捉えなおす契機となった。72年より日展への出品をせず、73年より光風会へも出品せず77年に同会を退会して無所属となる。以後、個展やグループ展で作品を発表。77年第16回国際形象展に「おどる女」を出品し、以後、80年まで同展に出品を続ける。79年第1回「明日への具象展」に「ラブリーガール」を出品し、以後84年まで出品を続ける。同年、ソ連各地を旅行。風景画や抑留を主題とする作品は50年代から継続的に描かれていたが、80年ころから主要なテーマとなり、「TORSO」など多様な材料を用いた重厚なマチエールの作品が制作されるようになる。86年9月池田20世紀美術館にて「宮崎進の世界展」を開催し、「さいはて」「冬の光」ほか54点を出品。76年から多摩美術大学講師となって後進を指導し、1992(平成4)年に退任し、以後、客員教授を務める。同年6月に同学美術参考資料館にて「宮崎進 多摩美術大学退職記念」が開催される。93年、ニューヨークのアルファスト・ギャラリーにて「宮崎進」展を開催し、ニューヨーク、ワシントン、ボストンなどアメリカ東海岸を訪れる。94年「漂う心の風景 宮崎進展」を下関市立美術館ほかで開催。95年小山敬三賞を受賞し、「小山敬三賞受賞記念 宮崎進展」を開催。97年、京都市美術館にて「シベリア抑留画展」を開催。98年芸術選奨文部大臣賞を受賞。同年、多摩美術大学附属美術館館長となり、99年に同学名誉教授となった。2004年第26回サンパウロビエンナーレ国別参加部門に日本代表として「シベリアの声」という主題のもとに「冬の旅」「泥土」ほか12点を出品。抑留体験を畳み込んだ重厚な質感を持つ力強い作品で注目される。05年8月、周南市美術博物館にて「宮崎進展 生きる意味を求めて」、14年4月神奈川県立近代美術館にて「立ちのぼる生命 宮崎進展」が開催された。郷里の周南市美術博物館に初期から晩年まで200点を超える作品が収蔵されており、宮崎は09年4月から没するまで同館名誉館長を務めた。

出 典:『日本美術年鑑』令和元年版(510-511頁)
登録日:2022年08月16日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「宮崎進」『日本美術年鑑』令和元年版(510-511頁)
例)「宮崎進 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/995716.html(閲覧日 2024-04-26)

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