鬼原素俊

没年月日:1978/03/16
分野:, (日)

日本画家鬼原素俊は、3月16日心筋硬ソクのため東京都渋谷区の自宅で死去した。享年75。本名、熊造。明治35年8月15日新潟県岩舟郡に生れ、日本大学芸術科に学んだ。大正12年荒井寛方に師事し、日本美術院展に出品し、昭和5年日本美術院々友に推挙された。昭和12年院展を退き、同志と新興美術院を結成し、その創立同人となった。昭和16年中支方面に従軍し、翌年「中支風物個人展」を東京高島屋で開催した。戦後も昭和22年新作個人展を資生堂に開催し、作品展を屡々開催、また昭和25年には新興美術院を再興した。戦後は専ら仏画を描き昭和30年世界仏教徒会議に出席、同38年にはイラン、パキスタン、アフガニスタン、東南アジア方面に旅行している。代表作として「佛懐」(1937院展)、「炭焼く家族」(1941新興展)、「九軍神の母」(1943新興展)、などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和54年版(285-286頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「鬼原素俊」『日本美術年鑑』昭和54年版(285-286頁)
例)「鬼原素俊 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9603.html(閲覧日 2024-04-20)

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