真野紀太郎

没年月日:1958/01/20
分野:, (洋)

 日本水彩画会名誉会員真野紀太郎は、1月20日東京都大田区で老衰のため没した。享年87才。号柱淵。明治4年5月8日名古屋市に生れた。明治12年上京、東京英語学校に普通学を修めたのち中丸精十郎並びに原田直次郎に就て油絵と水彩画を学んだ。のち専ら水彩画をえがき、明治40年大下藤次郎、丸山晩霞等と日本水彩画会研究所を設立、大正2年石井柏亭南薫造等と日本水彩画会を結成し、以来その展覧会に毎回出品した。その間、大正10年から11年にわたり英、仏、独、伊等を巡遊、同12年には海軍練習艦隊に便乗して南洋諸島、濠州等を旅行、昭和7年には印度、ビルマ等を巡歴して制作した。その他台湾、上海、朝鮮、満州等には屡々赴いた。帰国の都度その作品を個展で発表した。昭和20年戦時中一時十和田湖に疎開したが同年帰京し、同23年画業60年記念展を、同26年80才記念展を開き、なお老を養いながら制作していた。はやくから私立日本中学校(現日本学園)の図画教師となり、のち理事をつとめた。その水彩画は所謂透明水彩画で、バラ花を最も得意とした。

出 典:『日本美術年鑑』昭和34年版(142-143頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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