北村由雄

没年月日:2017/01/07
分野:, (評)
読み:きたむらよしお

 評論家で茅ヶ崎市美術館館長を務めた北村由雄は1月7日、死去した。享年81。奥英了のペンネームもあり。
 1935(昭和10)年5月27日東京都生まれ。59年東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。在学中の56年『美術批評』の読者欄に「現代日本美術展寸感」(55号)、「美術界と戦争責任の問題」(56号)が掲載される。59年「次代美術会」に参加、『次代美術』1号に「フォートリエ論」、2号に「ピーター・ブリューゲル覚書」を執筆。同会は鶴岡弘康、藤枝晃雄ら7人の同人で、60年には「20代作家集団」に発展、25名の会員からなり、高松次郎若林奮、村田哲朗らも参加している。北村は同会評論誌『CRIT』1号に「ものと感覚と信念について」を寄稿、アンデパンダン展の在り方から河原温、池田龍雄、利根山光人にふれている。卒業後、59年共同通信社文化部記者となり、美術界の出来事を含め展覧会評を執筆。さらに美術雑誌にも原稿を寄せる機会が多くなる。64年『美術手帖』に「アトリエでの対話」を12回連載、桂川寛平山郁夫らを扱い領域を広げていく。一方、『日本美術』87号(1972年)の「私の時代を劃した作家たち」では、戦後美術を自分なりに考えて行く契機となった作家として河原温池田満寿夫、磯辺行久、工藤哲巳、流政之、小畠広志、多田美波、柳原睦夫をあげ、記者としての体験型志向が示されている。81年に上梓された『現代画壇・美術記者の眼1960〓1980』(現代企画室、1983年に増補改訂版)は、60年代初期の前衛的傾向から70年の大阪万博をへて、幅広く画壇の動向などにふれ、一ジャーナリストの視点として記録性が高い。81年にはぺりかん社の「なるにはシリーズ」の内『美術家になるには』を執筆する。1997(平成9)年に茅ヶ崎市美術館初代館長に就任、退任後も茅ヶ崎美術家協会展での講演や2016年の第1回茅ヶ崎市美術品審査委員会委員長を務めるなど、市の美術界に尽力した。教育歴としては96年から多摩美術大学の客員教授を務めた。

出 典:『日本美術年鑑』平成30年版(427-428頁)
登録日:2020年12月11日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「北村由雄」『日本美術年鑑』平成30年版(427-428頁)
例)「北村由雄 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/824131.html(閲覧日 2024-04-23)

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