塗師祥一郎

没年月日:2016/09/21
分野:, (洋)
読み:ぬししょういちろう、 Nushi, Shoichiro*

 雪深い北国を描いた風景画で知られる日本芸術院会員、日展顧問の洋画家塗師祥一郎は9月21日、病気のため死去した。享年84。
 1932(昭和7)年4月24日、石川県小松市に陶芸家塗師淡斉の長男として生まれる。誕生間も無く父の仕事のため埼玉県大宮に転居するが、戦況悪化により小松に疎開。47年北国現代美術展に「静物」を出品して吉川賞を受賞し、画家を志す。50年金沢美術短期大学に入学。同学に集中講義に来ていた小絲源太郎に出会う。52年に第8回日展に「展望」で初入選。同年第38回光風会展に「構内」「いこい」で初入選。同年、大学を卒業し、大宮に転居して小絲源太郎に師事する。62年第48回光風会展に瀬戸の採土場に取材した「土」を出品しクサカベ賞受賞。63年光風会会友となる。64年から約10年間、ほぼ毎年丸善画廊で個展を開催。60年代後半から北国の集落や雪景を描くようになり、66年第52回光風会展に「北の町」を出品して光風会会友賞を受賞、同年同会会員となる。同年第9回日展に「雪景」を出品し特選受賞。67年フランス、スペイン、イタリアを2ヶ月間かけて巡遊。それまで憧憬を持って見ていた西洋の風景画に描かれているのが日常的風景であったことを知り、日本の風景を描くことの意義を確認する。同年光風会を退会し、翔陽会を結成して、第1回展から10回展まで出品を続ける。71年第3回日展に越後の集落を描いた「村」を出品して特選受賞。翌年から日展出品依嘱となり、77年日展会員となる。同年、岡田又三郎らを中心に設立された日洋展に参加し、87年同会常任委員となる。82年第14回日展に「待春の水辺」を出品して日展会員賞受賞。1990(平成2)年日展評議員となる。97年第29回日展に雪深い山間の集落を描いた「山村」を出品して文部大臣賞受賞。2003年、前年の第34回日展出品作「春を待つ山間」で日本芸術院賞を受賞し、日本芸術院会員となる。05年フランス国民美術協会の招待によりルーブル美術館のカルーゼル・ド・ルーブルで作品を展示。2007年より埼玉県美術家協会会長を務めた。74年からほぼ毎年上野松坂屋で「塗師祥一郎洋画展」を開催し、82年、89年、09年には三越で展覧会を開催している。また、没後間もない16年10月4日から16日まで、埼玉県立近代美術館で同館所蔵品による「塗師祥一郎追悼展」が開催された。『塗師祥一郎画集1947―2006』(求龍堂、2006年)が刊行されている。

出 典:『日本美術年鑑』平成29年版(554頁)
登録日:2019年10月17日
更新日:2019年10月17日 (更新履歴)
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