別府貫一郎

没年月日:1992/07/13
分野:, (洋)

 洋画家で新世紀美術協会委員の別府貫一郎は、7月13日東京都青梅市の青梅慶友病院で死去した。享年92。戦後間もなく日本美術会委員長もつとめた別府は、明治33(1900)年6月19日佐賀県藤津郡に生まれた。大正7年台北第一中学校を第四学年で中退、上京後同10年から2年間川端画学校に通い藤島武二の指導を受けた。同15年第4回春陽会展に「淡水」等5点を出品し春陽会賞を受賞する。昭和4年から同8年までイタリアに滞在し、帰国の年の第11回春陽会展に「ヴィルラ・ノォヴァの眺め」等23点の滞欧作が特別陳列され、昭和洋画奨励賞を受けた。同年、春陽会会員に推挙されたが翌9年退会する。同10年から翌年にかけ再渡欧、帰国後滞欧作「フィレンツェ」等10点が特陳され国画会会員となる。同年、文展招待展に出品し、以後新文展にも無鑑査出品した。同15年国画会を退会する。戦後は、同21、22年の日展委員、同25、26年の読売新聞社主催アンデパンダン展委員をつとめたのをはじめ、同26年10月には日本美術会委員長に選出され同28年までつとめた。その後、一線美術会、新世紀美術協会に所属した。

出 典:『日本美術年鑑』平成5年版(321頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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