浜田観

没年月日:1985/10/06
分野:, (日)

 日本芸術院会員、日展顧問の日本画家浜田観は、10月6日午前1時半、肝臓ガンのため京都市右京区の花房病院で死去した。享年87。明治31(1898)年2月20日兵庫県姫路市に生まれ、本名仙太郎。神戸の画家大谷玉翠に絵の手ほどきを受けた後、大正8年頃大阪に移り、洋画も学ぶ。昭和4年金島桂華の紹介で竹内栖鳳に入門。また同8年京都市立絵画専門学校に入学し、16年同校研究科を修了する。この間、同8年第14回帝展に「八仙花」が初入選し、12年より新文展に出品。同12年栖鳳門下で葱青社を結成する。また15年春、紀元2600年奉祝日本画大展覧会(大阪毎日主催)で「南紀梅林」が大毎東日賞、秋の同展で蒼穹賞を受賞した。戦後第2回より日展に出品し、22年第3回日展「芥子」、24年第5回日展「蓮池」が特選となる。翌25年より依嘱出品、買上げとなった31年第12回日展「樹映」を経て、33年第1回新日展より評議員をつとめた。38年同第6回「朝」が文部大臣賞を受賞し、39年第7回出品作「彩池」により翌40年日本芸術院賞を受賞する。46年日展理事、48年同参与、55年参事に就任、その後同顧問となった。一貫して花鳥画の世界を追求し、幽遠な画境を拓いた。49年京都府美術工芸功労者、50年京都市文化功労者、59年日本芸術院会員となった。

出品歴:昭和8年第14回帝展「八仙花」、12年第1回新文展「初夏の花」、13年第2回「花芥子」、14年第3回「牡丹」、15年紀元2600年展「罌粟」、16年第4回「花菖蒲」、17年第5回「芥子」、18年第6回「紅蜀葵」、21年第2回日展「朝」、22年第3回「芥子」(特選)、23年第4回「牡丹」、24年第5回「蓮池」(特選)、25年第6回「白椿」(依嘱)、26年第7回「芥子」(依)、27年第8回「牡丹」(審査員)、28年第9回「黄蜀葵」(依)、29年第10回「牡丹」(依)、30年第11回「菖蒲」(依)、31年第12回「樹映」(審、買上げ)、33年第1回新日展「細雨」(審、評議員)、34年第2回「晨」(評)、35年第3回「朝」(評)、36年第4回「池」(審、評)、37年第5回「蓮池」(評)、38年第6回「朝」(文部大臣賞、評)、39年第7回「彩池」(評)、40年第8回「芙蓉」(評)、41年第9回「蓮池」(評)、42年第10回「双鯉」(評)、43年第11回「朝の庭」(評)、44年第1回改組日展「晨明」(評)、45年第2回「鯉」(評、審)、46年第3回「芥子」(理事)、47年第4回「古壷再び」(理)、48年第5回「午の花」(参与)、49年第6回「湖底」(参)、50年第7回「陽影」(参)、51年第8回「花菖蒲」(参)、52年第9回「鯉」(参)、53年第10回「清晨」(参)、54年第11回「鯉」(参)、55年第12回「花芥子」(参事)、56年第13回「湖底」(参)、57年第14回「初夏」(参)

出 典:『日本美術年鑑』昭和61年版(258-259頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「浜田観」が含まれます。
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