河村蜻山

没年月日:1967/08/01
分野:, (工,陶)

 陶芸家で日展監事であった河村蜻山、本名半次郎は8月1日胃病のため鎌倉市の道躰医院で死去した。77才であった。明治23年8月1日に京都市の陶芸家の家に生れた。41年京都陶磁器試験所を卒業し、父の業をついで蜻山と号した。以後大正中期にかけて伝統の束縛のとくにつよい京都の工芸界に新しい動きを起した。染付、窯変、青磁、白磁、三島手、赤絵、金襴手等多方面にわたる作風に秀れた作品を残し、またよく後進の指導にも尽した。昭和38年には多年の活動の功によって恩賜賞を受賞した。
略年譜
明治23年 8月1日京都市に生れる。
明治41年 京都陶磁器試験所卒。
明治43年 神坂雪佳主宰佳都美会創立に参加。
大正13年 同会解散。美工院創立に加わり理事となる
大正15年 日本工芸美術会創立、常務委員となる。日本美術協会審査員。聖徳太子奉讃会第一回展委員、陶板奏楽図出品。燿々会創立。蒼玄会創立、その指導にあたる。
昭和2年 8回帝展工芸部(第四部)開設、「楽姫之図」「瑠璃地黒花文花瓶」出品。
昭和3年 9回帝展「春妍啼鳥」「高坏竹之画」出品。
昭和4年 国際美術協会創立、会員となる。10回帝展「染付四方形花瓶」出品。
昭和5年 11回帝展審査員。「染付釣舟花器衝立連作」出品。
昭和6年 日本陶芸協会創立総務となる。12回帝展「染付芭蕉果物皿」出品。
昭和8年 日本陶器株式会社顧問(~12年)。14回帝展「瑠璃磁群鷺花瓶」出品。
昭和10年 日本陶芸協会解散。
昭和11年 1回文展審査員「磁器染付松竹梅文大皿三枚揃」
昭和12年 文展審査員。
昭和13年 千葉県我孫子に移窯。2回文展「磁器鶏口吹墨花瓶」
昭和14年 3回文展「青瓷香炉」
昭和15年 紀元2600年奉祝展「八方形染付蒼々万古花瓶」
昭和16年 工芸美術作家協会創立、常務委員。4回文展「四方形白瓷牡丹文花瓶」
昭和17年 5回文展「茶葉末瓷香炉」
昭和18年 美術統制会設立、部会委員。美術報国会常任幹事。6回文展「花瓶赤絵」
昭和19年 日本美術統制会査定委員。戦時特別美術展「花鳥絵変十枚」
昭和21年 1回日展「花瓶赤絵花鳥文」
昭和22年 3回日展「花瓶染付三友図」
昭和24年 5回日展「磁器富貴清香染付花瓶」
昭和25年 6回日展「陶器染付花瓶」
昭和26年 7回日展「花瓶四方形兎文」
昭和27年 日展参事。
昭和28年 9回日展「花瓶青瓷」
昭和29年 鎌合に移住、10回日展「陶器花瓶流転」
昭和30年 11回日展「花瓶茶金瓷」
昭和31年 12回日展「水注金襴手春光」
昭和33年 1回日展評議員、「緑地金襴手渦文花瓶」
昭和34年 2回日展「花瓶染付蒼生」
昭和35年 3回日展「花瓶果実文」
昭和37年 5回日展「花瓶梅」
昭和38年 37年度日本芸術院恩賜賞受賞。6回日展「花瓶染付落葉」
昭和40年 日展監事、8回日展「花瓶染付松」
昭和41年 9回日展「赤絵金彩空」
昭和42年 8月1日死去する。

出 典:『日本美術年鑑』昭和43年版(145-146頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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