村上三郎

没年月日:1996/01/11
分野:, (美)

 具体美術協会のメンバーで、神戸松蔭女子学院短大教授の現代美術家の村上三郎は、脳挫傷のため兵庫県西宮市の自宅にて死去した。享年70。大正14(1925)年兵庫県神戸市に生まれ、昭和18(1943)年に関西学院大学に入学した。在学中に応召、戦後に復学し、同大学大学院にすすみ美学を専攻し同26年に修了した。美術については在学中に一時伊藤継郎に師事し、同24年の第13回新制作派展に出品、同29年の第18回展まで毎回出品した。同27年頃、新制作派協会内の先鋭分子とともに「0(ゼロ)会」を結成した。また、同年第5回芦屋市展に出品、平成9(1994)年の第47回展まで毎回出品した。昭和28年、白髪一雄と二人展を開催、このとき吉原治良と初めて出会った。同30年、具体美術協会会員となり、同年の第1回具体展から同47年の第21回展まで、毎回出品した。東京で開催された第1回展では、木枠に張ったハトロン紙の壁を何重にも重ね、身体ごとぶつかり打ち破るパフォーマンスをおこなった。また、同32年の大阪で開かれた第1回「舞台を使用する具体美術」では、ハトロン紙の巨大な屏風を棒をつかって破壊するパフォーマンス「屏風と取組む」をおこなった。具体美術協会での活動のほか、児童画教育にも携わり、平成2年には、神戸松蔭女子短期大学教授となった。

出 典:『日本美術年鑑』平成9年版(343-344頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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