鬼頭鍋三郎

没年月日:1982/06/14
分野:, (洋)

 日本芸術院会員、日展顧問、光風会名誉会員の洋画家鬼頭鍋三郎は、6月14日胃ガンのため名古屋市の名大付属病院で死去した。享年82。具象一筋に、戦後の「バレリーナ」シリーズや、昭和40年代以降の舞子シリーズで知られる鬼頭は、明治32(1899)年6月18日愛知県愛知郡の地主の家に生まれた。名古屋商業学校在学中から油絵に親しみ、大正5年同校卒業後明治銀行へ入行するが同10年に退職。同12年上京し第10回光風会展に初入選、この頃友人富沢有為男の親戚にあたる岡田三郎助に師事するに至る。翌13年第5回帝展に「騎兵調練図」が初入選、この頃から辻永に師事する。昭和2年第14回光風会展で光風会賞を受賞、同6年光風会会員となり、同9年第15回帝展に「手をかざす女」で特選、同18年の第6回新文展の審査員をつとめた。同19年陸軍美術展に「小休止」で陸軍大臣賞を受賞、同年陸軍版画部派遣画家として南支に従軍する。戦後は同20年から名古屋市に居住し、光風会展、日展を中心に制作発表を行い、とくに、同26年から始まる「バレリーナ」シリーズで飛躍の転機をつかみ、同31年、前年の第11回日展出品作「アトリエにて」で日本芸術院賞を受賞、同38年日本芸術院会員となる。同43年愛知県立芸術大学教授となり、同48年定年退職後は客員教授をつとめる。この間、同41年の第9回日展に「舞妓」を出品、以後、鬼頭芸術の集大成ともいうべき舞子シリーズを展開する。また、同45年勲三等瑞宝章を受け、同年光風会理事長(-同55年まで)に就任、同50年日展顧問となる。同55年、「画業六十年記念鬼頭鍋三郎回顧展」(朝日新聞社主催)が、東京銀座松坂屋他で開催される。
主要出品歴
1924年 第5回帝展 「騎兵調練図」(初入選)
1926年 第7回帝展 「夏花」
1928年 第9回帝展 「窓際の静物」
1929年 第10回帝展 「裸体」
1930年 第11回帝展 「背向きの裸婦」
1931年 第12回帝展 「赤子」
1933年 第14回帝展 「画室の女」
1934年 第15回帝展 「手をかざす女」(特選)
1935年 第二部会展 「午後」
1936年 文展招待展 「室内」
1937年 1回新文展 「海辺」(無鑑査)
1938年 2回新文展 「午後」
1939年 3回新文展 「裁縫」
1940年 紀元二千六百年奉祝美術展「黒帽子の女」
1941年 4回新文展 「マンドリンを持つ女」
1943年 6回新文展 「縫物」
1944年 陸軍美術展 「小休止」(陸軍大臣賞)
1947年 3回日展 「椅子による」(招待)
1948年 4回日展 「裸婦」(依嘱)
1949年 5回日展 「仲秋」
1950年 6回日展 「踊子」
1951年 7回日展 「バレリーナ」
1952年 8回日展 「二人のバレリーナ」(参事)
1953年 9回日展 「鏡の前」
1955年 11回日展 「アトリエにて」
1956年 12回日展 「マドモアーゼルL」
1957年 13回日展 「室内」
1958年 1回新日展 「前庭にて」(評議員)
1959年 2回新日展 「室内少女」
1960年 3回新日展 「立秋」
1961年 4回新日展 「夏休み」
1962年 5回新日展 「棚の前」
1963年 6回新日展 「紫葳花」(理事)
1964年 7回新日展 「夏草の庭」
1965年 8回新日展 「春装譜」
1966年 9回新日展 「舞妓」
1967年 10回新日展 「舞妓」
1968年 11回新日展 「舞妓」
1969年 1回改組日展 「芦刈」(常任理事)
1970年 2回改組日展 「舞」
1971年 3回改組日展 「舞」
1972年 4回改組日展 「舞」
1973年 5回改組日展 「皷」
1974年 6回改組日展 「宵山に」
1975年 7回改組日展 「皷」(顧問)
1976年 8回改組日展 「屏風の前」
1977年 9回改組日展 「宵山車」
1978年 10回改組日展 「正月」
1979年 11回改組日展 「舞姿」
1981年 13回改組日展 「屏風祭」

出 典:『日本美術年鑑』昭和58年版(275頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「鬼頭鍋三郎」が含まれます。
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