村山徑

没年月日:1987/01/23
分野:, (日)
読み:ムラヤマ, ケイ*、 Murayama, Kei*

 日展理事の日本画家村山徑は、1月23日午後11時38分、肺気腫のため神奈川県足柄下郡の厚生年金病院で死去した。享年70。大正6年1月21日新潟県柏崎市に生まれ、本名勲。昭和10年児玉希望に師事し、18年第6回新文展に「子等」が初入選する。戦後25年、希望門下の国風会と伊東深水門下の青衿会により組織された日月社に出品、3度にわたって受賞し、委員もつとめた。また27年より日展に出品し、30年第11回日展「たそがれ」、31年同第12回「風景」など、知的で堅固な画面構成の風景画を出品。33年第1回新日展「残雪の高原」、翌34年同第2回「白浜」が、ともに特選・白寿賞を受賞する。続いて、36年第4回新日展「溜」が菊華賞、53年第10回改組日展「朝の火山」が総理大臣賞となり、59年同第16回展出品作「冠」により翌60年日本芸術院賞恩賜賞を受賞した。この間、40年日展会員、47年評議員、60年より同理事をつとめた。

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出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(327頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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