土佐林豊夫

没年月日:1972/01/12
分野:, (洋)

 日展評議員土佐林豊夫は1月12日、胆臓癌で飯田橋の東京厚生年金病院で死去。享年64才。1907年(明治40)9月19日に山形県鶴岡市に生れた。1929年(昭和4)東京高等工芸学校彫刻科卒業、翌年同研究科を修了した。同年辻永に師事。1931年第12回帝展に油彩画が初入選し、以後、文展、日展、光風会に出品した。1949年には光風会の親しい友人たちと共に青季会を結成し、毎年1回展覧会を開いた。1943年光風会では岡田賞、47年および48年の日展でそれぞれ特選になり、1958年度と、64年度には日展審査員となり、66年に同評議員に就任した。主要作品は43年光風会展「老母像」、47年日展「子供」、48年日展「母子」、54年光風会展「糸車」、58年光風会展「果実」、69年日展「繋」など。

出 典:『日本美術年鑑』昭和48年版(59頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)

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例)「土佐林豊夫」『日本美術年鑑』昭和48年版(59頁)
例)「土佐林豊夫 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9415.html(閲覧日 2021-07-29)
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