長谷川義起

没年月日:1974/02/20
分野:, (彫)

 彫刻家・日展参与の長谷川義起は、2月20日午後7時インフルエンザによる肺炎のため東京都豊島区の自宅で死去した。
 享年81歳。明治25年3月3日富山県射水郡(現・高岡市)に生れた。本名勝之。大正4年3月東京美術学校彫刻科本科塑造部を卒業。大正9年第2回帝展に「靈光」が初入選してより連続入選を重ね、昭和5年第12回帝展では「円盤」が推薦となり以後無鑑査出品を続け、終始官展系作家として重きをなした。戦後の日展では、依嘱出品を続け、審査員、評議員をつとめ、また日本彫塑家クラブ理事、日本陶彫会委員長、北陽美術会理事などを歴任した。
作品には、大正13年東伏見依仁親王北征記念碑制作、昭和11年10月の帝国教育塔の懸賞浮彫に一等入選した「明暗」(大阪大手前公園入口に設置)など例外もあるが、殊に相撲関係のものに特技を発揮した。昭和12年文展出品の「四ツ(梅ヶ谷・常陸山)は政府買上げ(同作品は現在国技館正面玄関にある)となり、昭和7年8月のロサンゼルスオリンピック大会芸術競技招待に「円盤投げ」を出品、昭和11年ベルリンオリンピック芸術競技には、「両構(力士)」が入賞した。また昭和13年1月の双葉山五連勝の表彰額「龍虎」があり、戦後には「大鵬像」などがある。死去前の1月には紺綬褒章を受けた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和49・50年版(273頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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