曾禰達蔵

没年月日:1937/12/06
分野:, (建)

建築学会名誉会長、工学博士曾禰達蔵は12月6日急性腸閉塞の為め逝去した。享年86。嘉永5年江戸に生れ、明治12年当時の工部大学校第一期生として卒業、本邦近代工学の揺籃時代より明治大正昭和を通じて我国工学界の発達の為に貽した功績は偉大であつた。
 略歴―明治12年工部大学造家学科を卒業後、同年工部8等技手に任命営繕局出勤となり、14年工部大学校助教授に、次で19年工科大学助教授、又同年海軍4等技師に任ぜられ、22年呉鎮守府建築部長仰付けられ翌年同官を免ぜらる。同年三菱社に入社、26年震災予防調査会委員となり、又同年帝国大学より米国シカゴ博覧会の鉄造家屋取調を嘱託されて渡米した。32年工学博士の学位を授けられ、34年岩崎久弥男に随行して英国ロンドンへ出張、39年三菱を退社し同社建築顧問となり、自ら建築事務所を開設した。40年東京勧業博覧会審査官を嘱託せられ、翌年中条精一郎と共同にて曾禰中条建築事務所を開いた。又東京高等工業学校講師を嘱託された。大正7年臨時議院建築局顧問仰付けられ、同9年正5位に叙せらる。14年営繕管財局顧問仰付けられ、同年震災予防評議員を仰付けられた。
 其の建築作品に就ては日本建築士誌(第22巻第3号)は第一期海軍省時代、第二期三菱社及び三菱合資会社時代、第三期曾禰中条建築事務所時代の三期に分けて幾多の作品を紹介して居るが、第二期の作品である初期三菱諸建築及第三期の東京海上ビルチング、日本郵船ビルヂング、有楽館、華族会館、慶応義塾諸建築等は其の主要なる作品である。

出 典:『日本美術年鑑』昭和13年版(129頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

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例)「曾禰達蔵」『日本美術年鑑』昭和13年版(129頁)
例)「曾禰達蔵 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8423.html(閲覧日 2024-04-20)

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