武田五一

没年月日:1938/02/05
分野:, , , (建,学)

正3位勲2等工学博士武田五一は急性肺炎のため2月5日京都の自宅で薨去した。享年67歳。
 明治5年11月15日広島県福山市に生る。同30年東京帝国大学工科大学造家学科を卒業し、同32年、同工科大学助教授に任ぜらる。翌33年文部省留学生として図案学研究のため英独仏に留学を命ぜられ、翌年3月出発、同36年帰朝した。同年京都高等工芸学校の教授に任ぜられ、同校図案科主任として大正7年迄在職した。この間京都工芸界に大なる貢献をなすと共に建築界に於ても指導的地位を保ち、即ち古建築方面に於ては同37年京都府技師を兼任して京都地方古社寺の修理保存に従事し、新建築界に於ては大蔵省臨時建築部技師を兼任して帝国議会議院建築に当初より参画し、諸官衙建築調査等のために欧米へ前後3回に亙つて出張して居る。大正4年工学博士の学位を受く。同5年法隆寺壁画保存法調査委員、翌年古社寺保存会委員となる。同7年名古屋高等工業学校長に転任し、兼ねて臨時議院建築局技師の任にあつた。当時京都帝国大学工学部の建築学科創立の事あり、その委員として尽力し、同9年同科の設置を見るや勅任教授に任ぜられ、主として建築計画法を講じ同科の今日の基礎を築いた。京都帝国大学に於ては教授たるに止らず、同11年其の建築顧問、同14年に大蔵省営繕管財局技師を兼ね、昭和4年より6年迄は営繕課長事務取扱として学内建築物造営に関与した。尚この時代は博士の建築活動の高潮期で幾多の作品を残して居る。工芸界に於ては大正元年農商務省第1回図案及応用作品展以来今日迄商工省工芸審査委員会の委員として、又各博覧会等の審査官として力を尽し、更に都市計画の方面に於ても京都、大阪、名古屋等の顧問として多大の貢献をなした。昭和6年欧米に出張し、同7年長年の教授の職を辞したが、建築界に於ける活動は毫も衰へず、最近の大作としては日本赤十字社京都支部病院、京都電燈株式会社等が挙げられる。晩年特記すべきは昭和9年4月法隆寺国宝保存工事事務所長及び同協議会委員に就任して、爾来4ヶ年国家的事業たる同寺国宝建造物保存事業に傾倒したことで、その大事業の半ばにして急逝し、学界の痛惜するところとなつたものである。多年京都に居住したため、関西方面の重要公共建築には殆んど関与せざるものなく、我国建築界の重鎮であつた。左に主なる建築作品の目録を掲載する。(以上「建築雑誌」52の639記事に依る)
作品略年表
明治32年 日本勧業銀行(旧)(東京市)
明治32年 台湾神社
明治38年 福島邸(旧)(東京市)
明治40年 清野邸(京都市)
明治42年 京都府記念図書館
明治42年 富山県県会議事堂
明治43年 京都商品陳列所(旧)
明治44年 同志社女学校静和館(京都市)
明治44年 伊藤博文公銅像台座(神戸市)
明治45年 芝川邸(兵庫県)
大正2年 同志社女学校ゼームス寮(京都市)
大正2年 京都市二条橋
大正3年 京都帝国大学文学部陳列館
大正3年 京阪電鉄株式会社本社(大阪市)
大正4年 桑港博覧会日本政府館迎賓館
大正4年 京都商工会議所
大正4年 佐久間象山先生遭難之碑(京都市)
大正4年 求道会館(東京市)
大正5年 稲畑邸(京都市)
大正5年 兵庫県立農工銀行
大正5年 山口県庁及県会議事堂
大正5年 大阪朝日新聞社
大正5年 御大典記念京都博覧会
大正6年 龍安寺鳳凰閣(大阪府)
大正6年 清水寺根本中堂・大講堂・本坊・客殿(兵庫県)
大正6年 大阪電燈株式会社心斎橋陳列場
大正8年 山王荘(東京市)
大正8年 那覇市役所
大正9年 清水寺山門・鐘楼(兵庫県)
大正10年 北村本邸(奈良県)
大正10年 京華社(京都市)
大正10年 山口仏教会館(京都市)
大正11年 勝田邸(神戸市)
大正11年 京都帝国大学工学部建築学教室
大正11年 浅沼銀行(大垣市)
大正11年 阿部伊勢守正弘公銅像台座(福山市)
大正1年 青柳邸(京都市)
大正11年 小川邸(京都市)
大正12年 東本願寺内侍所(京都市)
大正12年 清水寺大塔(兵庫県)
大正12年 藤本ビルブローカー門司支店
大正12年 武道専門学校(京都市)
大正13年 北村邸(和歌山市)
大正13年 京都帝国大学本館
大正13年 京都市医師会館
大正13年 尼港遭難記念碑(東京市)
大正13年 中之島公園音楽堂(大阪市)
大正13年 京都銀行集会所
大正13年 岐阜商工会議所
大正14年 大阪工業試験所研究室
大正14年 村瀬西洋料理店(京都市)
大正14年 光明寺根本本堂(兵庫県)
大正15年 星野邸(京都市)
大正15年 藤井美術館(有隣館)(京都市)
大正15年 中田商店(京都市)
大正15年 電気大博覧会(大阪市)
大正15年 持宝院大師堂(兵庫県)
大正15年 田中別邸(京都市)
大正15年 大阪市伏見橋
大正15年 石黒ビルデイング(金沢市)
昭和2年 奈良信託株式会社
昭和2年 大平邸(京都市)
昭和2年 阿部伯爵邸(東京市)
昭和2年 島津製作所(京都市)
昭和2年 大阪市渡辺橋
昭和3年 天王寺公園音楽堂(大阪市)
昭和3年 商工省京都陶磁器試験所本館
昭和3年 岩倉文庫(京都府)
昭和3年 大阪鉱業監督局
昭和3年 大阪毎日新聞社京都支局
昭和3年 岐阜市公会堂
昭和3年 高野山大学図書館(和歌山県)
昭和3年 三井相続会館(京都市)
昭和3年 御大礼京都博覧会
昭和3年 御大礼京都市街路装飾
昭和3年 華頂会館(京都市)
昭和3年 京都日出新聞社
昭和3年 大阪市四ツ橋
昭和3年 六鹿邸(京都市)
昭和3年 春田文化集合住宅(名古屋市)
昭和4年 大阪市浪速江橋
昭和4年 山代温泉共同浴場(石川県)
昭和4年 三宅清次郎商店(京都市)
昭和4年 永平寺大光明蔵(福井県)
昭和4年 学士会京都支部会館
昭和5年 河野邸(兵庫県)
昭和5年 福山市役所
昭和5年 伊谷邸(京都市)
昭和5年 高野山癸亥震災霊碑堂
昭和5年 大阪市桜宮大橋
昭和5年 中山邸(兵庫県)
昭和5年 東方文化学院京都研究所
昭和5年 石黒邸(金沢市)
昭和5年 山中町共営浴場(石川県)
昭和6年 熊本医科大学山崎博士記念図書館
昭和6年 高知県立城東中学校
昭和7年 同志社女学校栄光館(京都市)
昭和7年 藤山邸(東京市)
昭和7年 京都薬学専門学校
昭和8年 円教寺摩尼殿(兵庫県)
昭和9年 高野山金剛峯寺金堂及根本大塔
昭和9年 日本赤十字社京都支部病院
昭和10年 新大阪ホテル
昭和10年 沢田邸(神戸市)
昭和11年 黒谷金戒光明寺大方丈併附属建物(京都市)
昭和11年 山中観光ホテル(石川県)
昭和11年 法隆寺鵤文庫(奈良県)
昭和11年 杉山邸(兵庫県)
昭和12年 京都電燈株式会社
工事中 法隆寺宝蔵

出 典:『日本美術年鑑』昭和14年版(105-106頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「武田五一」『日本美術年鑑』昭和14年版(105-106頁)
例)「武田五一 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8411.html(閲覧日 2024-05-28)

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