佐藤晃一

没年月日:2016/05/24
分野:, (デ)
読み:さとうこういち、 Sato, Koichi*

 グラフィックデザイナーで多摩美術大学名誉教授の佐藤晃一は5月24日、肺炎のため死去した。享年71。
 1944(昭和19)年8月9日、群馬県高崎市に生まれる。高校在学中にグラフィックデザイナーになることを決意し、65年東京藝術大学工芸科に入学。69年同大学工芸科ビジュアルデザイン専攻を卒業し、資生堂宣伝部に入社。劇団青年座のポスターを手がけるようになり、横尾忠則の影響を受けたサイケデリックな表現が注目される。71年に資生堂を退社し、佐藤晃一デザイン室を設立。当時流行のポップアートの影響を受けながらも、その日本的な表現の可能性を探り、73年にギャラリーフジエにて初個展「アブラアゲからアツアゲまで」を開催、克明に描いた油揚げの連作を発表する。74年には蛍光色を用いてグラデーションの効果を取り入れ、箱の中の光に浮かぶ鯉をあらわした「ニュー・ミュージック・メディア」のポスターで独自の境地を開拓。その後も日本的な形態を巧みに用いながら、画面全体が光り輝くような印象を与える作品を発表する。77年第1回日米グラフィックデザイン大賞のポスター部門とエディトリアル部門で金賞受賞。翌年、劇団青年座「死のう団」等のポスター3点がニューヨーク近代美術館の永久保存となる。82年より母校の東京藝術大学デザイン科で87年まで非常勤講師を務める。88年にはニューヨーク近代美術館での「THE MODERN POSTER」展のために依頼されて制作したポスターが国際指名コンペ1席となる。1990(平成2)年には六耀社より作品集『KOICHI SATO』刊行。91年に毎日デザイン賞、98年には「武満徹―響きの海へ」告知ポスター等で平成9年度芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。一方で95年多摩美術大学美術学部デザイン科グラフィックデザイン専攻(現、グラフィックデザイン学科)教授に就任し、2015年に定年退職、同大学名誉教授となるまで、主に日本的な表現の分析を柱に学生を指導する。この間、99年には高崎市美術館で「超東洋・佐藤晃一ポスターの世界展」が開催。08年にはイラストレーターの安西水丸、若尾真一郎とクリエイションギャラリーG8で「絵とコトバ 三人展」を開催、自ら詠んだ俳句とグラフィックを融合させた“俳グラ”を発表する。没後の17年に高崎市美術館で「グラフィックデザイナー 佐藤晃一展」が開催された。アメリカ文学研究者で東京大学名誉教授の佐藤良明は実弟。

出 典:『日本美術年鑑』平成29年版(543-544頁)
登録日:2019年10月17日
更新日:2019年10月17日 (更新履歴)
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