伊藤延男

没年月日:2015/10/31
分野:, (学)
読み:いとうのぶお

 元東京国立文化財研究所(現、東京文化財研究所)所長、東京文化財研究所名誉研究員で文化功労者の伊藤延男は10月31日、心不全のため死去した。享年90。
 1925(大正14)年3月8日、愛知県に生まれる。江戸時代から続く尾張藩の名工伊藤家の血筋を引く。1947(昭和22)年9月東京帝国大学第一工学部建築学科を卒業。同年10月から東京国立博物館保存修理課技術員に採用され、古建築の保存修理に従事。50年9月文化財保護委員会の創設とともに同事務局保存部建造物課に文部技官(研究職)として奉職。64年文化財調査官、67年奈良国立文化財研究所に出向し、同研究所建造物研究室長、71年6月文化庁に戻り文化財保護部建造物課長、77年同部文化財鑑査官、78年4月東京国立文化財研究所長を歴任し、87年3月退官。同年4月から2年間、慶応大学非常勤講師を務め、1989(平成元)年4月神戸芸術工科大学教授に就任、95年4月同大学名誉教授。99年財団法人文化財建造物保存技術協会理事長に就任、2001年同顧問となる。
 この間、78年7月から94年8月まで文化財保護審議会第2専門委員会の委員を務めたほか、日本ユネスコ国内委員会委員、財団法人明治村・永青文庫・成巽閣等数多くの組織・機関の要職に就くなど文化財保護の分野を中心に幅広く活躍し、文化財保護行政・建築史の研究・文化財保護の国際貢献の各分野で顕著な業績を残した。
 文化財保護行政の分野では、50年の文化財保護法の成立とともに、旧「国宝保存法」時代の指定文化財建造物や「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」にかかる重要美術品(建造物)の現状を調査し、学術的な判断に基づき整理等を行い石造物や民家等も含め重要文化財等に読替える業務を短期間のうちに精力的にこなした。
 日本の高度成長期に市街地再開発や地域開発が進む中で、明治洋風建築や民家の保存が行政課題となったが、前者は日本建築学会歴史意匠委員会の力を借り、また後者は全国の建築史研究者の協力を得て都道府県を事業主体とする調査事業を立ち上げ、全国規模での遺構の把握に努めるなど新たな分野へも積極的に挑戦し、重要な遺構について文化財指定を促進するなど建造物の保存に努めた。民家調査の進展とともに、地域的特色を保つ集落や町並についての保存対策が求められるようになると、72年に建築史、都市計画、歴史学、社会学、行政等の関係する学識経験者等による集落町並保存対策研究協議会を設置し、保存対策を検討した。その傍ら、高山市、倉敷市、萩市の3市を対象に町並調査を実施、保存のための方策を探り、75年の文化財保護法の改正による伝統的建造物群保存地区制度の創設に結びついた。同時に、文化財の保存に欠かせない修復技術等(選定保存技術)の保存制度についても技術面からその成立に尽力した。
 建築史の研究分野では、博物館や文化財保護委員会に在職中に全国の社寺建造物を調査した経験に基づき、特に各地に分布する和様の様式を備えた中世の社寺建築の特色を分析しその成果を取りまとめた「中世和様建築の研究」で、61年に工学博士(東京大学)の学位を取得、さらにそれに関連する研究業績により、66年に日本建築学会の学会賞(論文)を受賞した。研究者としての専門的な論考を発表するとともに、多くの美術全集等で古建築について平易に解説し、建物としての見所や鑑賞の仕方についても気配りするなど普及に努めた。
 国内の文化財保護行政に関わりながら、恩師の一人である関野克(元東大教授兼建造物課長、東京国立文化財研究所長)からの薫陶もあって海外の文化財事情にも高い関心を持つようになった。国際的な活動としてはローマに設置されたユネスコ関連機関、イクロム(ICCROM;国際文化遺産保存修復センター)の理事を83年から90年まで務めたほか、日本政府代表顧問として80年第21回ユネスコ総会等の国際会議に出席し、また78年から93年までイコモス(IKOMOS;国際記念物遺跡会議)の本部委員、93年から3年間同会議の副会長を務めるなど活躍し、持ち前の誠実で実直な人柄もあって国際的に幅広い人脈を培った。この間、法隆寺や姫路城が世界文化遺産に登録されたが、日本の文化財保護の全般的な姿勢についての理解が必ずしも十分でないことを痛感し、持ち前の人脈を活かして94年奈良市で「オーセンティシティに関する奈良会議」を開催し、日本の文化財保護についての基調講演を行ない理解を求めた。その結果、それぞれの国や地域に培われた文化の多様性を尊重すべきことや、地域に見合った独自のオーセンティシティ(真正性)概念がありそれを認識する必要性について確認することができ、その成果は95年の世界遺産会議で承認されて以降の世界遺産登録の作業指針で生かされることになった意義は大きいものがある。
 こうした文化財保護に関する内外への多大な貢献によって、95年に勲三等旭日中綬章を受章、04年には文化財保護の分野で文化功労者に選ばれたほか、11年には文化財保護に関する国際社会における多大な貢献により、イコモス本部からガッゾーラ賞を贈られた。
 主な著作等;『中世和様建築の研究』(彰国社、1961年)、『古建築のみかた―かたちと魅力―』(第一法規出版、1967年)、『中世寺院と鎌倉彫刻』(共著、原色日本の美術9巻、小学館、1968年)、『密教の建築』(日本の美術8巻、小学館、1973年)、『文化財講座 日本の建築Ⅰ~Ⅴ』(共著、第一法規出版、1976年)ほか多数。

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(557-558頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「伊藤延男」『日本美術年鑑』平成28年版(557-558頁)
例)「伊藤延男 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/809181.html(閲覧日 2024-12-05)

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