大河直躬

没年月日:2015/09/13
分野:, (学)
読み:おおかわなおみ

 日本建築史(特に中世の建築生産組織や近世民家)の研究者であると同時に、歴史的な建造物や集落・町並等に関する実証的な調査研究を通して培った理念から、早くから人とものとのかかわりのなかで文化財を活かす保護のあり方の必要性を説き、文化遺産の保存と活用に関する指導的役割を担った研究者の一人として知られた大河直躬は9月13日、肺炎のため死去した。享年86。
 1929(昭和4)年4月24日石川県金沢市に生まれる。52年東京大学工学部建築学科卒業後、同大学院に進学し太田博太郎教授の指導のもと日本住宅史の研究に携わる。58年3月東京大学大学院数物系研究科専門博士課程修了、翌年4月日光二社一寺国宝保存工事事務所嘱託となり、当時行われていた日光東照宮や二荒山神社、輪王寺の社殿の昭和大修理事業に関わる。60年5月東京大学工学部助手、65年4月東京電機大学建築学科助教授、翌年10月千葉大学工学部建築学科助教授、77年4月同教授、また、87年から2年間東京大学教授を併任、1995(平成7)年3月定年退官、千葉大学名誉教授となる。
 学部学生の時から農村建築研究会(農村建築に関する住宅改善等の諸問題を研究するため50年に創設。今和次郎、竹内芳太郎、高山英華、西山卯三、太田博太郎等が参加)に加わり、主として農村建築の形成に関する歴史的分析を行うため、岐阜県白川村や静岡県井川村、さらには奈良県橿原市今井町の民家調査を行った。同研究会での研究成果としては、各地に残る古民家の実証的な研究を通して民家においても復原と編年という建築史学の基本的視点が通用することを見出したことによって、民家研究を建築史の一分野として位置づけることに成功したことがあげられる。その実務経験から生み出された数々の知見は、一部を分担執筆した文化財保護委員会監修の『民家の見方調べ方』(第一法規出版、1967年)として著され、その後の民家の調査研究の発展に大きく貢献することになった。
 この時期、現地調査を基本とする民家の実証的な研究を共同で進める一方、かねてから関心の高かった中世工匠の生産活動についての研究も進め、主に『大乗院寺社雑事記』の記述を中心に大工集団の生産組織について建築の立場から掘り下げ、大家族的な血縁関係がその生産活動の原動力であることを突き止めた。この研究は「中世建築の制作組織に関する研究」としてまとめられ、61年に東京大学から工学博士号を授与された。中世大工に関する研究はその後も継続し、研究成果として『番匠―ものと人間の文化史』(法政大学出版局、1971年)を著すなど日本中世大工の生産組織や生活様態を明らかにした。これら一連の業績である「日本中世工匠史の研究」により、74年に日本建築学会賞(論文賞)を受賞した。
 また、日光社寺建築に関しては、昭和大修理事業の修理工事報告書の刊行に尽力し、後にその経験を生かしてまとめた『桂と日光』(日本の美術20、平凡社、1964年)、『東照宮』(SD選書、鹿島研究所出版会、1970年)などによって、近世初頭における彫刻及び彩色を多用する煌びやかな日光の社寺建築群の建築史における評価を確立し、霊廟建築に対する関心を高めた。
 大学で教鞭をとる傍ら、文化財保護行政にも関わり、長野県(1976~2001年)や千葉県(1981~1982年)の文化財保護審議会委員として活動する傍ら、千葉県や長野県等の民家の研究にも引き続き取り組み、民家等の持つ形態美・構造美を追求していった。この間、90年から2000年まで、国の文化財保護審議会第二専門調査会の委員も務め、数多くの歴史的建造物の指定や保存修理事業に関わった。一方で、74年の佐原(千葉県)や89年の須坂(長野県)の町並調査の主任調査員として関わるなど、商家の町並の保存にも尽力した。こうした文化財建造物の保存への関心は79~80年にかけてドイツやオーストリアの大学に在外研究員として派遣され、西欧建築の研究に従事したことも絡んでいた。
 当時の西欧の建築事情は、75年の欧州会議で宣言された欧州建築遺産年の理念に基づき戦後の都市開発等に絡んで歴史的建造物の保存再生事業が数多く展開されていた時期であり、市街地復興や歴史地区再生事業に関する事例を数多く見聞し、帰国後はその経験を加味して経済の高度成長を続ける国内において歴史的建造物の保護について数々の保存論を発表し、後進にも強い影響を与えた。後に『歴史的遺産の保存・活用とまちづくり』(共著、 学芸出版社、2006年)などにまとめられた歴史的建造物の活用に関する数々の論考は、今日の文化財建造物の保存・活用を考える上での指針ともなっている。
主な著書(既述を除く)
『日本の民家―その美しさと構造―』(現代教養文庫383、社会思想社、1962年)、『日本の民家』(山渓カラーガイド83、山と渓谷社、1976年)、『住まいの人類学―日本庶民住居再考―』(平凡社、1986年)、『都市の歴史とまちづくり』(編著、学芸出版社、1995年)、『歴史ある建物の活かし方』(共同編著、学芸出版、1999年)ほか多数

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(550-551頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「大河直躬」『日本美術年鑑』平成28年版(550-551頁)
例)「大河直躬 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/809136.html(閲覧日 2024-12-05)

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