大竹省二 (おおたけしょうじ)

没年月日:2015/07/02
分野:, (写)

 写真家の大竹省二は7月2日、心原生脳塞栓症のため死去した。享年95。
 1920(大正9)年5月15日、静岡県小笠郡横須賀町(現、掛川市)に生まれる。1933(昭和8)年東京に転居。中学時代から写真を撮り始め、写真雑誌のコンテストに入選を重ねるようになり、すぐれた少年アマチュア写真家として知られるようになる。40年上海の東亜同文書院に入学。42年陸軍に応召。対外宣伝誌のための写真撮影や、北京大使館報道部付として同大使館の外郭団体、華北弘報写真協会の結成に協力するなど、情報関連の軍務にあたり、終戦は東京で迎える。
 46年連合軍総司令部(GHQ)報道部の嘱託となる。アーニー・パイル劇場に配属され舞台や出演者の撮影を担当。その後『ライフ』誌やINP通信社の専属を経て、50年フリーランスとなる。その間、同世代の秋山庄太郎、稲村隆正らと49年日本青年写真家協会を結成。50年には日本写真家協会の設立に参加、また同年三木淳らと集団フォトの結成にも参加した。53年には二科会写真部の創設会員となった。
 51年から5年にわたり来日した音楽家のポートレイトを撮影、『アサヒカメラ』誌上に連載し、最初の写真集として、その仕事をまとめた『世界の音楽家』(朝日新聞社、1955年)を出版、また54年に来日したマリリン・モンローを撮影するなど、人物写真の名手として評価を確立する。とくにモダンで洗練された女性写真やヌード写真で知られ、56年には女性写真の分野で活躍する写真家たちのグループ、ギネ・グルッペの結成に参加。71年からは5年にわたり、日本テレビの番組「お昼のワイドショー」で一般から募集したモデルのヌードを撮影する「美しき裸像の思い出」という企画で撮影を担当、話題を呼んだ。この企画から写真集『ファミリー・ヌード』(柴田宏二との共著、朝日ソノラマ、1977年)が刊行された。
 上記以外の主な写真集に、『照る日曇る日』(日本カメラ社、1976年)、『101人女の肖像』(講談社、1982年)、『昭和群像』(日本カメラ社、1997年)、『赤坂檜町テキサスハウス』(永六輔との共著、朝日新聞社、2006)など。文筆家としても優れ、終戦後の混乱期の経験をつづった回想記『遥かなる鏡 ある写真家の証言』(東京新聞出版局、1998年)がある。
 83年には戦前に撮影した写真をまとめた写真集『遥かなる詩 大竹省二初期写真集』(桐原書店)を出版、翌年同題の個展(東京・ミノルタフォトスペース)を開催し、知られざる初期作品に注目が集まった。
 1992(平成4)年、第42回日本写真協会賞功労賞を受賞した。

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(544頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2019年01月23日 (更新履歴)
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