近藤幸夫

没年月日:2014/02/14
分野:, (評)
読み:こんどうゆきお

 美術評論家で、慶應義塾大学理工学部准教授の近藤幸夫は、2月14日死去した。享年63。
 1951(昭和26)年2月9日、愛知県岡崎市に生まれる。71年3月、慶應義塾高等学校を卒業後、慶應義塾大学商学部に進学。75年4月に同大学文学部哲学科美学美術史専攻に学士入学。77年4月、株式会社小田急百貨店に入社。80年1月に同社を退職し、同年4月、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程に入学、83年3月に修了。80年10月、東京国立近代美術館の研究員に採用。1991(平成3)年に同美術館主任研究員となる。同美術館在職中は、「現代美術における写真」展(1983年)、「モディリアーニ展」(1985年)、「近代の見なおし:ポストモダンの建築1960-1986」展(1986年)、「手塚治虫展」(1990年)等を担当した。なかでも、「モディリアーニ展」は、国内で紹介されることが少なかった彫刻作品を含めて作品の質、出品点数において比類のない大規模な展覧会であった。また調査研究においては、大学、大学院時代からのテーマであったコンスタンティン・ブランクーシの研究をすすめ、その成果を論文等にまとめるとともに、現代美術における立体表現、写真へと研究領域を広げていった。こうした研究を基盤にした評論活動においては、『美術手帖』の展覧会評「ART84」の連載(1984年2月-12月)や「かわさきIBM市民ギャラリー」での企画展をはじめ、各種の雑誌への寄稿やギャラリーでの企画、作家展に積極的に参加協力した。
 96年4月、慶應義塾大学理工学部助教授となり、日吉校舎の美術研究室に勤務、総合教育等を担当した。在職中は、教育指導の傍ら、とりわけ2004年6月に同大学日吉キャンパス内の施設「来往舎」のギャラリーにて「来往舎現代藝術展」を学生有志と共に企画運営した。同展は、その後も様々なアーティストを招き、また時宜にかなうテーマに基づき開催、近藤は13年10月の第10回展まで中心となって携わった。美術評論家としては、その評論をふりかえると、単に完成した作品を前にして批評するというよりも、作家、作品から創作の過程、創作をめぐる思考までを丹念にたどりながら、親しく寄り添うように批評する態度が一貫していたことが理解される。そうした批評の基点には、現代美術のめまぐるしい変転を視野に入れつつ、アーティストへの敬意と深い共感があったからであろう。没後の14年3月24日、原美術館(東京都品川区)のザ・ホールにて「近藤幸夫さんにお別れをする会」が開かれ、多数の関係者が参集した。なお同会のために作成された冊子「KONDO YUKIO 09.02.1951-14.02.2014」には、詳細な研究業績及び活動履歴が掲載され、30年以上にわたる活動が記録されている。
 主要な翻訳、編著書
『ブランクーシ作品集』(ラドゥ・ヴァリア著、小倉正史との共訳、リブロポート、1994年)
『カラー版20世紀の美術』(分担執筆、美術出版社、2000年)
『Fuji Xerox Print Collection』(監修、全解説執筆、富士ゼロックス株式会社、2002年)

出 典:『日本美術年鑑』平成27年版(492頁)
登録日:2017年10月27日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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