吾妻ひでお

没年月日:2019/10/13
分野:, (漫)
読み:あづまひでお

 漫画家の吾妻ひでおは10月13日食道癌のため死去した。享年69。
 1950(昭和25)年2月6日、北海道十勝郡浦幌町に生まれる。本名吾妻日出夫。65年浦幌高校入学。石ノ森章太郎の入門書を読み、漫画家を志し、同人誌に参加。68年高校卒業後、印刷会社に就職し上京するも、漫画を描ける環境を求め、板井れんたろうのアシスタントになる。69年「リングサイド・クレージー」(『月刊まんが王』12月号)でデビュー。70年初の連載「二日酔いダンディー」(『月刊まんが王』)を発表。74年『週刊少年チャンピオン』に4年間連載の「ふたりと5人」が人気を得て、この頃やわらかな丸みをおびた描線を特徴としたスタイルが定着し、「かわいいエロ」の描写がうかがえる。以後、筒井康隆や星新一に傾倒していた吾妻は、ギャグ、SF、不条理、美少女、ロリコンなどをモティーフに、少年少女誌、青年誌をはじめ、自販機本といったところに出没し、マニアックな人気を得、70年代の漫画シーンの一角を担う。79年エロマンガ誌『劇画アリス』連載の「不条理日記」は、SFでは国内で一番古い星雲賞の第17回でコミック部門での受賞。1989(平成元)年に1回目の失踪をし、その体験を描いた『失踪日記』は評価が高く、92年「夜を歩く」(『夜の魚』掲載)から、2回目の失踪を描いた99年の「街を歩く」(『お宝ガールズ』掲載)、98年のアルコール依存症治療を描いた2005年「アル中病棟」(前2作を含む書き下ろし、イーストプレス)の3部作は、第34回日本漫画家協会賞大賞、2005年度第9回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞等を受賞している。2010年までの全作品リスト(倉田わたる作)掲載の『文藝別冊吾妻ひでお』(河出書房新社)がある。

出 典:『日本美術年鑑』令和2年版(500-501頁)
登録日:2023年09月13日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「吾妻ひでお」『日本美術年鑑』令和2年版(500-501頁)
例)「吾妻ひでお 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/2041091.html(閲覧日 2024-04-25)

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