大井健地

没年月日:2019/03/01
分野:, (学)
読み:おおいけんじ

 美術史研究者で美術評論家であった広島市立大学名誉教授の大井健地は、3月1日広島市内の病院で死去した。享年72。
 1947(昭和22)年1月30日、三重県志摩市に生まれる。本名大井健二。65年3月、岡山県立岡山朝日高等学校を卒業。72年3月、東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業、在学中には、同大学教授の吉沢忠、山川武、そして東京国立文化財研究所主任研究官の陰里鉄郎から薫陶を受ける。同年4月から、株式会社筑摩書房編集部に勤務。84年に同社を退社。86年4月から広島県立美術館学芸員となる。同美術館在職中には、「靉光-青春の光と闇-」展(1988年10月-11月、同展は同年9月-10月に練馬区立美術館で開催後に巡回)、「和高節二展」(1989年1月-2月)、「浅井忠展」(1990年9月-10月)等を企画担当。1994(平成6)年3月に同美術館を退職し、同年4月から広島市立大学国際学部助教授となる。98年4月に、同大学同学部教授となり、2012年3月に退職。在職中の10年から12年まで同大学芸術資料館の館長を務めた。同大学では、日本美術史、博物館学等を講じた。また、広島県立図書館友の会会長、広島日伊協会理事、公益法人ひろしま文化振興財団運営委員等の社会活動もつづけた。
 主要な著作は、下記の通りである。
編著『靉光デッサン集』(岩崎美術社、1989年)
大井健地の美術図書館』(形文社、1998年)
『絵のまえ本のうしろ』(渓水社、2012年)
共著『観光コースでない広島』(高文研、2011年)
 上記の著作中、『大井健地の美術図書館』は、月刊誌『美術の窓』65号(1988年4月)から 165号(97年3月)まで連載した書評記事「大井健地の美術の窓図書館」をまとめたもので、毎月、美術の一般書から展覧会カタログ、研究書にいたるまで広範に取り上げ縦横に批評した内容であった。同書刊行後、この書評の寄稿は、同誌191号(1999年8月)まで不定期につづけた。また大学在職中は、学生、若いアーティストたちをつねに励まして慕われ、また、地域の文化活動にも積極的に参加していた。没後の2021(令和3)年3月には、広島市のgallery Gにて、大井の逝去を偲ぶために、その仕事の全貌を、ノート、原稿等の資料によって紹介する「大井健地の表現をカキトル手」展が開催された(主催:一般社団法人HAP、会期:3月2日から7日)。

出 典:『日本美術年鑑』令和2年版(484頁)
登録日:2023年09月13日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「大井健地」『日本美術年鑑』令和2年版(484頁)
例)「大井健地 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/2040951.html(閲覧日 2024-04-27)

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