坂井範一

没年月日:1981/05/27
分野:, (洋)
読み:サカイ, ハンイチ*、 Sakai, Han’ichi*

 新制作協会会員の洋画家坂井範一は、5月27日気管支炎のため岐阜県の自宅で死去した。享年82。1899(明治32)年2月14日岐阜県加茂郡に生まれ、1922(大正11)年岐阜県師範学校卒業後、翌年東京美術学校図画師範科へ進み26年卒業する。卒業と同時に岐阜県女子師範学校に奉職、同年の第7回帝展に「憩へる女」が初入選。1931(昭和6)年再上京し東京美術学校研究科に入り藤島武二に師事、35年の第二部会に「青い静物」が入選、翌36年新制作派協会第1回展に「浴後」「裸婦」を出品し新作家賞、37年の第2回展には「海辺」等で新制作派協会賞、39年第4回展でも新作家賞をそれぞれ受賞し、40年新制作派協会会員に推挙された。また、同40年の紀元二千六百年奉祝展には「船の制作場」を出品する。45年に岐阜市に疎開し、戦後は同地に定住、49年岐阜大学学芸学部芸術科の教授に就任す。新制作協会展に作品を発表する側ら地域の美術教育に積極的に関与し、52年には岐阜県造形教育連盟を組織し初代委員長に就任した。この間、51年にイサム・ノグチが岐阜を訪れ、坂井家を拠点に堤燈のデザインを行ったのに影響され、現代デザインにも関心を示すようになる。62年、岐阜大学を定年退官後も、愛知女子短期大学、東海女子短期大学に教えた。また、71年に岐阜日日賞を受け、81年には紺綬褒章を受章する。新制作への出品は他に、「洲の暁」(6回)、「渓流」(24回)、「船A」(29回)、「古い物語A」(34回)などがある。

「*」の読み、ローマ字表記はWeb NDL Authoritiesを利用
出 典:『日本美術年鑑』昭和57年版(276頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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