中間冊夫

没年月日:1985/03/04
分野:, (洋)

 独立美術協会会員、武蔵野美術大学名誉教授の洋画家中間冊夫は3月4日脳卒中のため東京都杉並区の自宅で死去した。享年76。明治41(1908)年10月10日鹿児島県川辺郡に生まれる。私立高輪中学校卒業。川端画学校に学び、二科展に出品、また昭和5年5回一九三〇年協会展に「母子」など5点を出品し、H氏奨励賞を受賞する。独立美術協会展には同6年の第1回展に「母子」「四人」を出品したのをはじめ毎年出品を続け、同11年6回独立展に「海の人物」「漁夫三人」「丘上」を出品し独立賞を受賞、独立美術協会会友となり、同15年の10回独立展には「蒙彊」3点を出品し会員に推挙された。戦後は独立展の他、美術団体連合展、日本国際美術展、現代日本美術展、国際形象展などに出品し、また、欅会、十果会を結成する。この間、同37年武蔵野美術大学教授に就任、同58年同学名誉教授の称号を受けた。重厚なマチエールによる半具象的な裸体表現に独自の作風を示し、戦後の具象絵画における一傾向を提示した。作品は他に「青い人」(同40年)などのほか、「うずくまる」の連作がある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和61年版(249頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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