山本瑞雲

没年月日:1941/03/13
分野:, (彫)

 彫刻家山本瑞雲は3月13日中野区の自宅で脳溢血のため逝去した。享年75。号護月、慶応3年9月13日静岡県熱海市に生れた。明治13年出京、15年高村光雲の門に入り、明治23年内国勧業博覧会には「亀」を出品し、東京彫工会競技会には「鹿」を出して共に褒状を得た。25年大阪に移り33年再び上京したが、この間の諸種の展覧会に出品し、米国シカゴ博覧会出品の「垣野王」は銅賞牌を得た。その後仏像の製作補修にあたり、また諸種の模型を製作し、明治41年には東京彫工会競技会審査員におされ、43年には日英博覧会のため東京市から依嘱をうけて英国へ出張した。大正6年栴檀社を組織して木彫界の新運動のため気を吐いた。大正11年聖徳太子奉讃委員となり、昭和に入つてからも本郷東片町大円寺の聖観音、六臂如意輪観音、八臂不空羂索観音、八臂馬頭観音、十八臂準捏観音脇侍二龍人等を製作し、昭和11年には浅草寺待乳山祥天の毘沙門天、三方荒神両脇侍を作つて努力精進を重ねてゐた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和17年版(76頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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