藤川勇造

没年月日:1935/06/15
分野:, (彫)

 新に帝国美術院会員に任命され、旬日にして6月11日発病、同15日急逝した。
 明治16年松平藩漆彫家玉楮象谷の嫡孫として高松市古新町に生れた。長じて香川県立工芸学校に学び、明治36年卒業と同時に東京美術学校彫刻科に入学、明治41年業を卒ふるや直ちに農商務省海外練習生となり、在仏8年、此の間巨匠アウギユスト・ロダンに師事した。大正5年帰朝し、同8年二科会会員に推薦され、爾後昭和10年迄二科会彫刻部の為に尽瘁して居た。昭和10年5月帝国美術院の改組と共に会員に任命され次で二科会と別れてその名誉会員とされた。作品は数多しとしないが佳作多く、就中「スザンヌ」「マリー・アントアネツト」(滞仏中)、「女浮彫」(昭和4年二科会出品)、「ボツス氏像」(昭和7年二科会出品)、「裸」(昭和8年二科会出品)等は夫々の時代に於ける秀作と見られる。又晩年には松平頼寿伯、若槻礼次郎男等の銅像の製作がある。享年53。
左に岩井藤吉氏作製の作品年表(東京美術学校校友会会報第6号所載)を転載する。
滞仏明治41-大正5 デデノ顔、トルソー、兎、スーザンヌ、マリー・アントアネツト、ブロンド、鷹
大正10年 三輪田真佐子刀自銅像
大正11年 トルソー、中江氏胸像
大正12年 マドモアゼルS、無題
大正13年 中江種造氏銅像
大正14年 Tの顔、立つ女
大正15年 ポーズせる女、詩人M
昭和2年 女製作、Kの首、A氏像
昭和3年 手を挙げる裸女、蹲る少女
昭和4年 女浮彫、男習作、裸
昭和5年 Nの顔、裸立像
昭和6年 働く老夫、黒き像、吉岡弥生氏銅像、煙突掃除夫、秋山直之中将銅像
昭和7年 MR・BORS、印度の男、海鳥を射る、裸、鴨
昭和8年 裸、教育家O氏像、ソクラテス、志村源太郎氏像、鴨
昭和9年 裸、花籠持つ少女、渡辺翁像 松平頼寿伯銅像、裸立像
昭和10年 裸A、裸B、若槻礼次郎男銅像、小糸淳介氏像(絶作)
年代不詳 宇喜田秀穂氏胸像、大島氏胸像、高木氏胸像、野崎氏胸像 井上重造氏胸像

出 典:『日本美術年鑑』昭和11年版(127-128頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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