岡田新一

没年月日:2014/10/27
分野:, (建)

 建築家の岡田新一は10月27日、東京都内にて呼吸不全のため死去した。享年86。
 1928(昭和3)年、茨城県水戸市に生まれる。48年旧制静岡高等学校卒業、東京大学工学部建築学科、同大学院に進学し、57年に修士課程修了後、鹿島建設株式会社に入社。同社設計部在籍中にイェール大学建築芸術学部大学院に留学、63年修了後Skidmore Owings and Merrill設計事務所(ニューヨーク)に出向。65年鹿島建設株式会社理事・設計部企画課長。
 69年、最高裁判所新庁舎設計競技に参加して最優秀賞を獲得。「法と秩序を象徴する正義の殿堂として、この地位にふさわしい品位と重厚さを兼ね備えると共に、その機能を果たすに足りる内容を持つこと」を要件としたこのコンペには、丹下健三チームをはじめ217点の応募があったが、5年前の国立劇場コンペ(竹中工務店設計部一等当選)に続いて建設会社設計部の案が選ばれたことは、高度成長期における設計組織の台頭を象徴する出来事として、建築界に少なからぬ衝撃を与えた。
 コンペの規定に従い独立して株式会社岡田新一設計事務所を設立したのち、74年に竣工した最高裁判所庁舎は、7棟からなる巨大建築で、白御影石貼りの壁がそそり立つ外観が威圧的にすぎるとの批判も巻き起こした。翌75年に日本建築学会賞に選ばれた同庁舎は、岡田の代表作品となるとともに、以後における、警視庁本部庁舎(1980年)、岡山市立オリエント美術館(1981年)、東京大学医学部付属病院(1982年基本計画)といった、大規模な公共建築を中心に設計活動を行う方向性と、石材などを多用した重厚な作風を確立する契機ともなった。JA25 SHIN’ICHI OKADA 特集岡田新一(1997年、新建築社)には、最高裁判所庁舎以来、当時までの代表的作品が収録されており、2008(平成20)年には岡山県立美術館開館20周年特別展として、「建築家岡田新一と岡山県立美術館20年」が開催された。
 都市計画や国土計画等の分野でも、審議委員等の立場も含めて発信を行ったほか、「都市を創る」(彰国社、1995年)、「病院建築:建築におけるシステムの意味」(彰国社、2005年)など、設計にあたっての考え方やプロセスを体系化して著述・公開することにも力を注いだ。訳書に、「SD選書11 コミュニティとプライバシィ」(S.シャマイエフ、C.アレキザンダー著、鹿島出版会、1978年)がある。
 89年米国建築家協会(AIA)名誉会員、96年には「宮崎県立美術館及び一連の建築設計」に対して日本芸術院賞及び恩賜賞受賞、04年芸術院会員、10年日本建築学会名誉会員。08年には旭日中綬章を受章している。

出 典:『日本美術年鑑』平成27年版(515頁)
登録日:2017年10月27日
更新日:2017年10月27日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「岡田新一」が含まれます。
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