元永定正

没年月日:2011/10/03
分野:, (美)

 画家・現代美術家で具体美術協会の主要メンバーでもあった元永定正は、10月3日午後9時42分、前立腺がんのため宝塚市内の病院で死去した。享年88。
 1922(大正11)年11月26日、三重県阿山郡上野町桑町(現、三重県伊賀市上野)に、父正一郎、母きんの長男として生まれる。1938(昭和13)年、三重県上野商業学校を卒業後、大阪の機械工具店に就職。当時は漫画家を志しており、このころから漫画の投稿をはじめる。日本国有鉄道に入社し関西各所で勤務したのち、44年、上野に戻り地元の画家濱邊萬吉に師事。46年、濱邊が局長を務める上野愛宕町郵便局に就職したことをきっかけに、本格的に油彩画をはじめる。また、地元の各種文化活動にも参加。48年、三重県総合美術展に出品。第1回展(4月)奨励賞、第2回展(11月)入選。この頃、雑誌や広報誌に漫画の連載を持つ。50年、郵便局を退職し、その後に就職した山東林業も52年に退職。弟政美のいる神戸市に移る。
 様々な仕事をしながら、西宮美術教室に通いはじめる。当初は西宮市の美術展に出品していたが、吉原治良らによる芦屋市美術協会主催の芦屋市展を知り、絵画や彫刻、写真などを出品する。同展初出品となる53年の第6回展でフォーヴ風人物画「黄色の裸婦」がホルベイン賞受賞。(以後、渡米中の第20回展[1967年]、震災で中止となった第48回展[1995年]を除いて、第55回展[2002年]まで出品を続ける。)当時の芦屋市展には多くの抽象画が出品されており、それらに触発されて抽象画に転向。摩耶山とそこに光るネオンをヒントに描いた抽象画「寶がある」を第8回展に出品し、吉原治良に絶賛されたという。この作品にみられる、山のような形状に小さな色点を配置する作風は、かたちを追究した元永の初期抽象画を代表するものである。同展で、ホルベイン賞(洋画)、日本油絵具賞(彫刻)受賞。直後の7月に開催された芦屋市美術協会主催「真夏の太陽にいどむ野外モダンアート実験展」をきっかけに具体美術協会に入会。以後、71年に脱退するまで中心メンバーとして活躍することになる。57年、大阪の阪急百貨店で初個展。同年、のちに夫人となる中辻悦子と西宮美術教室で出会う。58年ごろから、日本画のたらし込みの技法にヒントをえて、キャンヴァス上に絵具を流した絵画を作りはじめる。60年、ミシェル・タピエの紹介でニューヨークのマーサ・ジャクソン画廊と一年契約を、翌年はトリノの国際美学研究センターと十年契約を結ぶ。61年、東京画廊での個展をきっかけに、東京の作家・評論家たちと交流を持つ。64年、第6回現代日本美術展で優秀賞(1966年の第7回同展でも優秀賞)。66年、ジャパンソサエティの招聘で妻の中辻悦子を伴って渡米。ともに招聘されていた谷川俊太郎と知り合う。ニューヨーク滞在中、うまく流れる絵具が手に入らなかったため、代わりにエアブラシやアクリル絵具を使って、ふたたびかたちの問題に取り組み、新たな作風を確立する。また、この時期に前後して、海外の展覧会への出品が相次ぐ。67年、帰国。70年、大阪万国博覧会のお祭り広場で行われた具体美術まつりに参加。しかし、新しいメンバーが多く加わった具体の雰囲気に違和感を覚え、71年10月に具体美術協会を脱退。翌年、吉原治良の死去によって、具体美術協会は解散。
 70年代から絵本の制作にも携わる。73年、初めて原画を手掛けた英文の絵本『ポアン・ホワンけのくもたち』刊行。アクリルとエアブラシを使った当時の元永の画風でユーモラスに描かれる。77年には谷川俊太郎文による絵本『もこ もこもこ』刊行。その後も、自身の絵画技法を応用した絵本を刊行し、絵本原画展も数多く開催する。2007(平成19)年からは中辻の作品と共に「もーやん えっちゃん ええほんのえ」展が各地を巡回。
 1980年代以降も精力的に創作と発表を続けるが、とりわけ、具体再評価に伴って国内外で開催された具体関連の展覧会に積極的に参加する。主な海外展としては、86年、「前衛の日本 1910-1970」(ポンピドゥーセンター、パリ)、90年「日本の前衛―1950年代の具体グループ」(ローマ国立近代美術館)、93年「東方への道」(第45回ヴェネツィアビエンナーレ)などが挙げられる。2012年の「具体―スプレンディッド・プレイグラウンド」展(グッゲンハイム美術館、ニューヨーク)では、水を使ったシリーズの新作が元永の指示のもとに制作・展示され、事実上、最後の作品となった。
 晩年には、1991年と2009年、地元の三重県立美術館での大規模な回顧展のほか、各地の美術館で個展が開かれる。また、仏政府の芸術文芸シュヴァリエ章(1988年)、紫綬褒章(1991年)、勲四等旭日小綬章(1997年)、三重県民功労賞文化賞(2002年)ほか多くの受賞がある。作品集はアラベル(1983年)と博進堂(1991年)から出版されており、元永の画業を概観できる。遺作は三重県立美術館、宝塚市、西宮市などに寄贈され、三重県立美術館と宝塚市アピアホールでそれぞれ寄贈作品展が開かれた。

出 典:『日本美術年鑑』平成24年版(437-438頁)
登録日:2015年12月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「元永定正」が含まれます。
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